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  〜Kurino's Novel〜
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Nの憂鬱


★No1:彼思う故に我存在す

 Cogito ergo sum(我、思う故に我在り)とデカルトは言ったが、存在は肉体を通してであり、記憶は肉体を介して存在する。私の肉体なき後、私の存在は記憶を継承してくれる彼の中にしか残らず、それが存在の証になる。「彼、思う故に、我は存在する」。故に私の記憶を継承しておきたい。私が存在していたという記録を残し、伝えたい。

★No2:鳥になった日 

 なんと美しい青空なんだ。その日、Nは鳥になって空を飛んでいた。目の前に次々と景色が現れては移っていった。高校時代との彼女と行った六甲山でのファーストキス、予備校教師の飛び降り自殺・・・、遠くから救急車のサイレンの音が聞こえた。

No3:二階から落下する 

 空を飛んだと思ったのはバリケード封鎖した校舎の二階から落ちている数秒間に見た景色だった。「元気そうじゃないか。てっきり下半身不随になっていると思った」。見舞いに来た友人が笑いながら喜んでくれた。

No4:揺れる時期 

 日本大学の現職理事が2億2000万円を不正に流出させた背任容疑で東京地検特捜部に逮捕され、理事長も逮捕された。日大は過去の歴史から何も学ばず、68年当時と何も変わってなかった。変わったのは当時は学生が不正追求で立ち上がり日大闘争が起きたが、今回は学生が立ち上がる気配さえないことだ

No5:遅れてきた文学青年 

 高校時代はコナン・ドイルやアガサ・クリスティーなどの探偵小説・推理小説ばかり読んでいた。その他には吉川英治の「新平家物語」ぐらいで夏目漱石作品を読んだのは大学入学以後と同年代より遅れていた。漱石も作品より逸話のほうが面白かった。

No6:学生服とアスコットタイ  

 男子学生も女子学生も総じて平均的で、おとなしく真面目そうで、男子は学生服、女子は白いブラウス姿。そんな中、Nは入学時からブレザーにアスコット姿という出で立ちだったから目立った。

No7:白土三平の唯物史観と出合う  

 社研の部室壁に墨書された「我々は遠くから来て、遠くへ行く」という文字。忍者武芸帳の最終ページで影丸が呟いた言葉を見つけた時、一種の親近感を抱いた。

No8:勉強不足だ、と一喝される。

 最初の読書会で「君はそんなことも知らないのか。勉強不足だ」と一喝され、お前達が三回生で言っていることを俺は一回生で言ってやると反発。その先輩に付いて行き本棚の本のタイトルを覚え猛読書をする。

No9:学生生活を楽しむ

 「坊っちゃん温泉」の近くに引っ越し、銭湯代わりに温泉に浸かり、友人とナンパに街に出かけたりと束の間のノンビリとした学生生活を送っていた。

No10:夜明け前の街頭ビラ貼り

 この日もいつものように十数人で出かけての帰り道、ビラを貼り終えた安堵感も手伝い、帰り道では軽口も出、ふざけ合いながら歩いていた

No11:転学部し、哲学に進む 

 この年、Nを含め5人が理工系から哲学に転学部した。文系から進級したのはわずか3人。Nは一般教養課程で哲学入門的な講義をバカにし、まともに聞いていなかったこともあり、哲学の成績は最低の「可」だったが、そんなことは意にも介さず哲学の教授に会うと、転学部を反対された。

No12:エンプラ佐世保寄港反対闘争

 1968年は米原子力空母エンタープライズ号の長崎県佐世保寄港反対闘争で幕を開けた。現地、佐世保で反対闘争を行うため全学連学生が1月16日、博多駅に着き待ち受けた機動隊と激しく衝突。さらに翌日から米軍基地に突入を図ろうとする全学連学生とそれを阻止しようとする機動隊が平瀬橋で激しくぶつかる。学生、労組員、市民、新聞記者も見境なく警棒、警杖で殴りつける機動隊に市民も激しく反発

No13:闘争委員会を結成し、哲学科ストに突入する(1)ー文理学部改組

No13:闘争委員会を結成し、哲学科ストに突入する(2)ー新入部員増で活気づく社研
No13:闘争委員会を結成し、哲学科ストに突入する(3)ー全哲学闘争委員会結成
No13:闘争委員会を結成し、哲学科ストに突入する(4)ー東大時計台放送が全国に届けた狼煙
 

 1969年は東大安田講堂の攻防戦で幕を開けた。「全国の学生、市民、労働者の皆さん、我々の闘いは決して終わったのではなく、我々に代わって闘う同志の諸君が、再び解放講堂から時計台放送を真に再開する日まで、一時この放送を中止します」。安田講堂から流れた最後の放送である。

No13:闘争委員会を結成し、哲学科ストに突入する(5)ー全学に先駆け哲学科スト突入宣言 

 民青系が牛耳る自治会執行部は大学当局と一体となり大学立法反対決議表明を全学大会で採択したが、それに生温さを感じた学生達は直後、独自に集会を開催。全学闘争員会設立に向けて動き始める。一方、哲学科は新任助教授決定過程を問題にし、独自に授業ボイコット、スト突入を宣言

No14:全闘委、全共闘結成し、大学立法粉砕闘争  

 大学立法粉砕を叫び全学闘争委員会が設立された。その一方で法文学部自治会執行部3役がそれまでの民青系から反民青系のノンセクトラジカルに代わり、学内では新左翼系が運動の中心を担うようになっていく。

No15:サルトルの実存主義に傾倒する   1/18

 当時、ヨーロッパで支配的だったマルクス主義はスターリンによる解釈、指導で硬直化したスターリン主義になっていた。そのマルクス主義に主体性を取り戻すとしたのがサルトルの実存主義であり、「アンガージュマン」を唱えるサルトル哲学は新鮮だった 

No16:右翼団体の襲撃   1/27

 「キリストについてどう思われますか」。学食横で掲示板をぼんやり見ていたNに女学生が声をかけてきた。以前、英語研究会の部室で見かけ、少し言葉を交わしたことがある理系のカワイイ娘だった 

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