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  〜Kurino's Novel〜
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Nの憂鬱


No24:拘禁生活〜ひとり寝の子守歌   6/12

 午後4時30分になると夕食が配られて来る。食事時間は30分で、午後5時30分になると仮就寝の時間になり布団を敷いて横になることが許される。夜9時には照明が暗くなり本格的に寝る時間だ。12月の夜は寒い。夜風が吹き荒び窓をトントンと叩く音に中々眠られず、膝小僧を抱き寒さに耐える

No24:拘禁生活〜新たな日々の始まり   6/2

 「起床!」という声で起こされ、拘置所の新たな1日が始まるが、何もかもが初めて経験することで戸惑うばかりだ

No23:名前をなくした日々の始まり(7)(8)(9)(10)〜留置場から拘置所へ、名前を剥奪されNobodyに  

 留置場から拘置所に移されると名前では呼ばれなくなる。「1105番」。これがその瞬間(とき)からNの「名前」になり拘置所内にいる時はずっとこの番号で呼ばれる。アイデンティティーを失わせ、モノ扱いされ、国家権力への反抗心をなくすよう肉体的、精神的に追い詰めていく

No23:名前をなくした日々の始まり(5)(6)〜「ジャパニーズ オフロ ダイスキ」と話す外国人  

 「ジャパニーズ オフロ ダイスキ」。夏のある日、船内で中年外国人に話しかけられ、自宅の庭に石灯籠を設置し、浴衣姿で写した写真を見せ、日本びいきをしきりにPRしながら船内の大浴場に誘われた。大江健三郎の小説で外国人にホモが多いと知っていたから緊張が走ったが

No23:名前をなくした日々の始まり(3)(4)〜金毘羅詣りに行く「森の石松」  

 「こちらのうどんはおいしいですね。関東のうどんは真っ黒でおいしくない」。四国に向かう関西汽船の甲板で坊主頭の青年が話しかけてきた。聞けば 「親分に頼まれて金比羅さんに日本刀を奉納しに行く」とのことだった。

No23:名前をなくした日々の始まり(1)(2)〜機動隊に補導される  

 反全共闘派や学長を先頭にした教職員らに逆封鎖され、バリケード占拠した校舎屋上に追い詰められた全共闘系系30人は火炎瓶を投げ、ゲバ棒でやり合ったが、次第に校舎屋上へと追い詰められて行った。学長もさすがにこれ以上の実力排除は危険と判断。学長の要請で深夜、機動隊が学内に入り占拠派学生30人は機動隊に「補導」された

No22:バリ封鎖と逆封鎖、法文本館の激しい攻防戦(1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)(8)(9)(10)  

 佐藤訪米阻止闘争の一環として法文館をバリケード封鎖し立て籠もることを主張した中核派に他セクトや全共闘は反対したが、バリ構築は手伝うことに。民青など反全共闘派の動きは早く、逆封鎖されたばかりか、学長が教職員や封鎖反対派学生を前に演説し「逆封鎖」「実力解除」を扇動した

No21:東大から全国へ、燃え広がった燎原の火(1)(2)(3)(4)(5)  

 68年10・21国際反戦デーは新宿駅東口を中心に新左翼各派、市民が結集し、機動隊との間に激闘が繰り広げられた。権力側は騒乱罪を適用し、多くの逮捕者を出したが、年が明けるとすぐ東大安田講堂攻防戦が展開され、大学紛争は燎原の火の如く全国へと燃え広がって行き、大学という枠を超えて政治闘争へと変化し69年10・21へ

No20:反戦歌とフォークゲリラ  

 音楽喫茶でロシア民謡が合唱され、新宿西口広場では岡林信康の「友よ」が「夜明けは近い 夜明け前の闇の中で 闘いの炎をもやせ」とアジっていた。誰も彼もが新しい時代の夜明けを夢見ていた。だが、自分の身を後方に置きながら歌で大衆をアジる者を信じられなかった。 

No19:夜明けに襲撃してきた防共挺身隊(1)(2)(3)(4)(5)  

 8月3日、参議院で大学立法が強行採決され、9月に学生がキャンパスに戻ってくるとE大全共闘の補講粉砕闘争に始まり、学内右翼による正門前のタテカン破壊、学長室占拠、評議員の軟禁、全共闘に対立する民青による民主化行動委員会設立と闘争は激しさを増していった。そんな中、行動右翼・防共挺身隊による未明の襲撃事件が起きた 

No18:我が心は石にあらず  

 戦中を生きてきた世代は生き方に1本筋が通っていて、妙な妥協は一切ない。「我が心は石にあらず、転ずべからず」を通していた。だが「戦争が終わって生まれた」世代以降にはそれがない。考え方も借り物なところがあり、転石のごとく、その時代、時代に合わせて転がって行く 

No17:ML派の旗を掲げる(1)(2)(3)(4)(5)  

 Nの下宿の隣人の所に大阪から同級生や後輩達が遊びに来た縁で、大学の夏休みを利用し大阪へ行き、彼らと交流したが、彼らは社学同ML派や毛沢東思想に傾倒していた。そこでの交流を経て大学に戻るとML派を立ち上げた

No16:バリケード封鎖と機動隊導入(1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)  

 法文学部本館のバリケード封鎖に反対する右翼系や日共下部組織の民青系が設立した「民主化行動委員会」が中心になって集会を開き「バリケード封鎖解除」を声高に訴えるなど全共闘・愛誠会(法文学部自治会)との対立が鮮明化。当初、出動に慎重だった県警本部が一転、四国管区機動隊まで準備し出動。 

No15:サルトルの実存主義に傾倒する  

 当時、ヨーロッパで支配的だったマルクス主義はスターリンによる解釈、指導で硬直化したスターリン主義になっていた。そのマルクス主義に主体性を取り戻すとしたのがサルトルの実存主義であり、「アンガージュマン」を唱えるサルトル哲学は新鮮だった 

No14:全闘委、全共闘結成し、大学立法粉砕闘争  

 大学立法粉砕を叫び全学闘争委員会が設立された。その一方で法文学部自治会執行部3役がそれまでの民青系から反民青系のノンセクトラジカルに代わり、学内では新左翼系が運動の中心を担うようになっていく。

No13:闘争委員会を結成し、哲学科ストに突入する(1)(2)(3)(4)(5)

 民青系が牛耳る自治会執行部は大学当局と一体となり大学立法反対決議表明を全学大会で採択したが、それに生温さを感じた学生達は直後、独自に集会を開催。全学闘争員会設立に向けて動き始める。一方、哲学科は新任助教授決定過程を問題にし、独自に授業ボイコット、スト突入を宣言


No12:エンプラ佐世保寄港反対闘争

 1968年は米原子力空母エンタープライズ号の長崎県佐世保寄港反対闘争で幕を開けた。現地、佐世保で反対闘争を行うため全学連学生が1月16日、博多駅に着き待ち受けた機動隊と激しく衝突。さらに翌日から米軍基地に突入を図ろうとする全学連学生とそれを阻止しようとする機動隊が平瀬橋で激しくぶつかる。学生、労組員、市民、新聞記者も見境なく警棒、警杖で殴りつける機動隊に市民も激しく反発

No11:転学部し、哲学に進む 

 この年、Nを含め5人が理工系から哲学に転学部した。文系から進級したのはわずか3人。Nは一般教養課程で哲学入門的な講義をバカにし、まともに聞いていなかったこともあり、哲学の成績は最低の「可」だったが、そんなことは意にも介さず哲学の教授に会うと、転学部を反対された。

No10:夜明け前の街頭ビラ貼り

 この日もいつものように十数人で出かけての帰り道、ビラを貼り終えた安堵感も手伝い、帰り道では軽口も出、ふざけ合いながら歩いていた

No9:学生生活を楽しむ

 「坊っちゃん温泉」の近くに引っ越し、銭湯代わりに温泉に浸かり、友人とナンパに街に出かけたりと束の間のノンビリとした学生生活を送っていた。

No8:勉強不足だ、と一喝される。

 最初の読書会で「君はそんなことも知らないのか。勉強不足だ」と一喝され、お前達が三回生で言っていることを俺は一回生で言ってやると反発。その先輩に付いて行き本棚の本のタイトルを覚え猛読書をする。

No7:白土三平の唯物史観と出合う  

 社研の部室壁に墨書された「我々は遠くから来て、遠くへ行く」という文字。忍者武芸帳の最終ページで影丸が呟いた言葉を見つけた時、一種の親近感を抱いた。

No6:学生服とアスコットタイ  

 男子学生も女子学生も総じて平均的で、おとなしく真面目そうで、男子は学生服、女子は白いブラウス姿。そんな中、Nは入学時からブレザーにアスコット姿という出で立ちだったから目立った。

No5:遅れてきた文学青年 

 高校時代はコナン・ドイルやアガサ・クリスティーなどの探偵小説・推理小説ばかり読んでいた。その他には吉川英治の「新平家物語」ぐらいで夏目漱石作品を読んだのは大学入学以後と同年代より遅れていた。漱石も作品より逸話のほうが面白かった。

No4:揺れる時期 

 日本大学の現職理事が2億2000万円を不正に流出させた背任容疑で東京地検特捜部に逮捕され、理事長も逮捕された。日大は過去の歴史から何も学ばず、68年当時と何も変わってなかった。変わったのは当時は学生が不正追求で立ち上がり日大闘争が起きたが、今回は学生が立ち上がる気配さえないことだ

No3:二階から落下する 

 空を飛んだと思ったのはバリケード封鎖した校舎の二階から落ちている数秒間に見た景色だった。「元気そうじゃないか。てっきり下半身不随になっていると思った」。見舞いに来た友人が笑いながら喜んでくれた。

★No2:鳥になった日 

 なんと美しい青空なんだ。その日、Nは鳥になって空を飛んでいた。目の前に次々と景色が現れては移っていった。高校時代の彼女と行った六甲山でのファーストキス、予備校教師の飛び降り自殺・・・、遠くから救急車のサイレンの音が聞こえた。

★No1:彼思う故に我存在す

 Cogito ergo sum(我、思う故に我在り)とデカルトは言ったが、存在は肉体を通してであり、記憶は肉体を介して存在する。私の肉体なき後、私の存在は記憶を継承してくれる彼の中にしか残らず、それが存在の証になる。「彼、思う故に、我は存在する」。故に私の記憶を継承しておきたい。私が存在していたという記録を残し、伝えたい。

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