Kurino's Novel-24
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Nの憂鬱24~拘禁生活
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▽新たな日々の始まり
「起床!」。頭の上から降って来た大声に驚き、目を半開きにしたものの頭はまだ半分眠っていた。天井に取り付けられた蛍光管が室内を白く照らし起床する時間だと知らせていた。
(あっ、そうか。ここは昨日までの留置場ではなく拘置所か)
昨日までは毛布にくるまって板の間に寝ていたが、昨夜は久し振りに布団の上で寝たのだった。
布団は少し薄汚れて臭かったが、それでも掛け布団は厚みがあり寒さを凌ぐには十分とは言えないにしても、くるまっていれば自分の体温で布団の中が温まり心地よかった。今のように羽毛布団などない時代である。布団や着るものは綿がしっかり入っているほど寒さを防げるという考えだから掛け布団は厚い分だけ重かった。中に入っている綿も上等なものではないから重いだけで、布団の厚さと暖かさは比例しなかった。
そういえば留置場でヤクザの兄ちゃんが、布団や毛布も外部から差し入れてもらうことができると言っていたな。毛布だけでも差し入れてもらおうか。
そんなことを考えながら臭くて重い布団を首まで引き上げ、眠れそうにないななどと何度か寝返りを打っていたが、元来寝付きがよく、どこでも寝られるタイプだけに、ものの数分もしないうちに深い眠りに落ちていた。
バリ封鎖中は校舎の屋上でヘルメットを被ったままコンクリートの上で横になって寝ていたし、中学の修学旅行列車では通路にゴザを敷き、その上で寝た経験もある。だから枕が変わると眠れないなどという話は信じられなかった。
秒殺で眠りに落ちるのは特技というか、睡魔に勝てないと言った方がいいか。だから一度も徹夜をしたことがないのが逆に自慢だった。
寝起きもよかった。目が覚めてしばらく布団の中でグズグズしたり二度寝をしたことはほとんどない。だが、この時ばかりは久し振りに布団で寝たからか、その感触が懐かしく、もう少しこの温もりを楽しみたくて布団の中で体を丸めていた。
「起床! グズグズするな!」
時刻は6時45分。冬のこの時間はまだ夜が明けきらず外は暗く寒い。先程から目覚めてはいたものの、もう少し布団の中で温もりを味わっていたくて身体を丸めていたが、驚いて声がした方を見上げた。最初の声はスピーカーを通して聞こえてきたが、2度目は明らかに肉声だった。それもすぐ近く、寝ている頭上から声が降ってきた。
事態がまだよく理解できずにいたが、声の方向に頭だけ動かし見上げると目が見えた。いや、正確には目が見えたわけでも目が合ったわけでもない。見えたような気がしたのだ。
声がした方向は入り口の分厚い扉の上の方からであり、室内からそちらの様子は見えない。ただ扉の上方部に20cm☓15cm角程に繰り抜かれた長方形の覗き窓が開いていて、そこから室内の様子を見ることができる仕組みになっている。
小さな窓は金属板で塞がれているが、その金属板には小さな穴が無数に開けられており、その穴を通して通路側からは室内の様子をいつでも観察することができる。
さらに、その外側に窓を塞ぐ蓋が取り付けられているから房内からは通路側の様子を窺い知ることができるのは物音だけで、覗き窓から覗いている相手の顔はおろか、相手がどんな人物なのかも全く分からない。
それでも相手が、それは恐らく看守だと思うが、覗き窓から室内を見て、まだ寝ているのが分かり起床を促したに違いなかった。
起床を促す二度目の声でNは跳ね起きた。その後は分刻みで行動しなければならず、少しでも遅れたりグズグズしていると看守の怒声が飛んでくる。
起きるとすぐ布団を畳み、隅の決められた場所に置く。少しでも乱雑な畳み方、置き方だと看守が房内に入って来てやり直しを命じる。その辺りは完全に軍隊式で、一切の反発、反抗は許されない。
布団を畳んだ後、室内の掃除に洗面。箱に入った粉歯磨きを歯ブラシに付け歯を磨き、洗顔し、それらを終えると入口の方を向いて正座して朝の点呼を待つ。
これら一連の行動に許された時間は15分しかない。15分を十分と感じるか短すぎると感じるかは人それぞれだが、初めて経験した時は戸惑うに違いない。
Nは寝付きも寝起きもいい方で、目が覚めて布団の中でグズグズするタイプではないから、毎朝スピーカーから起床ラッパの代わりに音楽が流れ、続いて「起床」という音声が流れてくるや否やすぐ布団から出ていたが、それでも最初の朝は戸惑ったし慣れるまでに2、3日を要した。
朝が苦手な者や低血圧で中々起きられない者は大変だろうな。自分なんか独居房だからいいが、雑居房の場合は洗面も交代でするのだろうから、15分で全員ができるのだろうか。
正座して待ちながらNはそんなことを考えていた。
(2)に続く
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