Kurino's Novel-17
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ML派の旗を掲げる
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▽隣室に越してきた同期生
「K君、隣の部屋が空いたけど来ないか」
Nは1、2度、自分の下宿に来たことがあるKに、隣室が空いたから引っ越して来ないかと誘った。「ここはきれいで、いいな。ぼくもここに住みたいわ。空いたら教えてくれる」と、Kが以前言っていたのを思い出したからだ。
Nの下宿は1軒家の2階の1部屋で、1階には30代の大家夫婦と子供が住んでいた。2階は子供が大きくなった時に使わせる予定で3部屋拵えたと聞いていたが、出入り口は別に作られており大家家族と顔を合わせることなく出入りできるようになっていたから、当初から部屋貸しをする予定で建てていたと思われる。
2階は3部屋だけで4畳半の部屋が2つに3畳の部屋が1つ並んでいて、階段を上がるとすぐがNの部屋で、空いたのはその隣。一番奥の部屋は3畳間で商大生が借りていた。
トイレと洗面場は共同だったが、2階には3人しかいないから滅多に顔を合わせることはなかった。各部屋は独立して、ドアにはそれぞれ鍵が付いているアパート形式なのも当時の学生下宿には珍しかった。
大学まではチンチン電車に乗っても3停留所で、歩いても行ける距離でNは歩きか自転車で、電車に乗ることは余程のことでもない限りなかった。
「入りたいと大家さんに言ってくれる」
Kは即答し、それほど日を待たず引っ越してきた。引っ越しと言っても当時の学生は家財道具があるわけでなく、布団袋に詰め込めばそれでお終いで、後はリヤカーに載せて運ぶか、自転車の荷台に載せて運ぶかの違い程度だから、引っ越しといっても、多少なりとも荷物が増えてきた3、4回生以外は大抵1人か、せいぜい友人1人の手助け程度で済んだ。
(引っ越しの手助けをしてやろうかな。キャンパスで会えば、いつ越す予定か聞いてみよう)
Kは史学専攻で、哲学専攻のNとは講義で一緒になることはなく、顔を合わせるのはサークル部室棟ぐらいしかないし、互いにいつも部室にいるとは限らなかったから、そうそう顔を合わせていたわけではない。
この日も新聞部の部室を覗いたが誰も居なかったので、そのまま下宿へと歩きながら、そんなことをぼんやりと考えていた。
下宿に帰り階段を上がって、持ち手から棒状に長く伸びた真鍮製のウォード錠をポケットから取り出し、部屋の鍵穴に差し込みガチャと回した時、その音を聞き付けたのか隣室のドアが開き「N! 越してきたぞ」という声が聞こえた。
帰るのを待っていたと言わんばかりの顔を向けてKが寄って来た。
「おっ、なんだ、もう越して来たのか。今、引っ越しの時、手伝ってやらないかんかなと思っていたところだ」
「いや、手伝ってもらうほどではないよ。荷物ってもこんなもんだから。自転車で2往復しただけだよ」
そう言いながら手招きをしてNを部屋に招き入れた。室内を見回すと、すでに引っ越し荷物はあらかた片付けられていた。
(まあ、俺と変わらないか。)
室内を見回し、荷物の量は似たようなものだなと感じたのと、モノの配置などから几帳面さが見て取れ、少し安心した。以前、共同生活をしていた「風呂敷」のことを思い出したからだ。
「風呂敷」と一軒家で共同生活を始めたものの、「人の出入りが多い」という理由で、そこを追い出され、「坊っちゃん温泉」から少し奥まった所にある四国八十八箇所第51番札所、岩手寺近くの家の2階を間借りし「風呂敷」と一緒に住み始めた。
大家は元小学校の校長と聞いたが、生活にうるさく干渉することもなく、特に気にしていなかったが、ある時「今日、大家の親父が部屋に来て、本箱を覗いて『マルクス経済を勉強されよんやね』と言いやがった。それがどうしたってんだが、用心しなきゃいかん。校長を辞めたと言っても教育委員会と通じているから、変なことでもするんじゃないかと監視しているんだ。デモにでも参加していると言ってみろ、腰を抜かすぞ」と苦々しく吐き捨てた。
そういうことがあって間もなく、いつもは「風呂敷」が居ない時に掃き掃除をするのだが、その日は「風呂敷」もいたから、自分の部屋だけでなく「風呂敷」の部屋から掃き始めた。
「風呂敷」が使っていた部屋は2階の階段を上がってすぐの北側部屋で、南側の部屋をNが使っていた。2階は襖で仕切られた二間続きだから、南側の部屋に行くには北側の部屋を通らなければならない。
「先輩が奥の部屋を使ってください」
そう申し出たところ、「風呂敷」から思いがけない言葉が返ってきた。
「お前が見つけてきた所だから、お前が向こうを使え。俺はこちらでいいから」
と、Nの再三の申し出にも応じなかったので、言われるままにNが南側の部屋を使っていた。
そんな優しいところがある「風呂敷」だったが、部屋を掃除する時は自分の部屋しか掃かなかった。Nが掃除する時はいつも両方の部屋を掃いていたから「風呂敷」のやり方に身勝手なものを感じ、あまりいい気持ちはしていなかった。
それでもNは掃除をする時はいつも「風呂敷」が使っている部屋も一緒にしていたし、この日もいつもと同じように「風呂敷」の部屋から掃いていた。
その様子を窓際に腰掛けて見ていた「風呂敷」がやおら立ち上がり「そんなものは階段の下に掃き出せばいいんだ。貸してみろ」と言うや、Nの手から箒を奪い取り、ゴミを階段から下に掃き落とした。
ゴミと言っても紙くずのようなものはなくチリ、ホコリ程度のものだが、それでも下の階はたまったものではない。
「ヤメてください! なんてことをしているんですか」
大家の奥さんが下から金切り声を上げた。
「済みません」。謝ったのはNだった。「風呂敷」は姿を見られていないと思ったのか、さっと引っ込み、声も出さず知らぬ顔をしていた。
Nは越してきたばかりのKの室内を見回し、これなら「風呂敷」のようなことはなさそうだ、と内心ホッとしていた。
その日から2人は互いの部屋を行き来しながら、よくいろんな話をした。だが、2人の間には越えられない壁が存在し、それでよく言い争った。
論争をしていると、Kはその壁の中に入り込み、時折りNを拒絶するのだった。そんな時Kが口にするのは「お前には分からん」という言葉だ。
その言葉を耳にする度にNは苛立った。一切のコミュニケーションを拒否されたようで悲しかった。
何が分からないのか。どうすれば分かるのか。なぜ、分からせようとしないのか。
「分からん、ではなく分かるように説明しろよ」
Nは苛立ち、しばしば怒りをぶつけたが、Kがそのことについて説明したことは一度もなかった。
(2)に続く
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