Kurino's Novel-20
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Nの憂鬱〜反戦歌とフォークゲリラ
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▽顔写真を撮り無言の圧力を
工学部に巣食う学内右翼による大学正門前の立て看板破壊、全共闘の学長室占拠、右翼・防共挺身隊の早朝襲撃があり、その過程で器物損壊、中山学生課長に対する暴行・傷害容疑等で数人が逮捕されるなど、夏休みが明けるとE大はの状況は一変して騒々しくなった。
逮捕者に対する接見、差し入れ、裁判支援闘争が従来の活動に加わってきたし、10月21日の国際反戦デーに向けた取り組みもあったが、この頃になると各セクトの活動は学園闘争より10.21や、その後の佐藤訪米阻止闘争をいかに闘うかという政治的課題に対する闘争の方が高まると同時に学内闘争も先鋭化していった。
デモはスクラムを組んでのジグザグデモが当たり前になり、その周囲を「私服」が身分を隠すことなく付きまとい、これ見よがしに真っ正面からカメラを向けてバシャバシャッと撮っていく。
お前の顔写真を撮っているぞ、お前が過激デモに参加している証拠だ、と言わんばかりに警察権力による半ば恫喝である。
ここまで露骨に顔写真を撮られると、大手企業等への就職を考えている学生には効果てきめんで、学外デモへは参加せず、せいぜい学内で後方支援活動を行うか、それもできない学生は全共闘活動に距離を置くノンポリ学生と化すか、少し離れた所から見守り「機動隊導入ハンターイ」「不当逮捕に抗議するぞー」とシュプレヒコールで声を挙げるのがせいぜいだ。
(俺の面は完全に割れてるな)
写真をバシャバシャと撮られながら、Nはそんなことを思っていた。今更、面が割れる割れないではなかった。まだ少人数でデモを行っていた当時から写真を撮られているから面はとっくに割れているし、N自身その自覚はあった。
だが、一般企業への就職試験を控えている連中は大変だろうな、と彼らがデモに参加しない気持ちが分からないでもなかったが、「お前ら、それで自分に恥ずかしくないのか」と蔑む気持ちもあったが、だからといって誰かをデモに誘ったりしたことはなかった。
人は人、俺は俺。俺はマストではなくザインで動くから、人に強制されたり、「ねばならない」で行動するのではなく、自分で納得しないと動かない。だから他人にも強制はしない。
だが、この状況に背を向け、自分のことだけ考えるのではなく、もう少しいろんなことを考えた方がいいのではないか。その結果、今の状況はおかしいと思うなら行動すべきではないか。俺はおかしいと思うから行動する。アンガージュする。
Nがそう思えたのは彼が一般企業への就職を考えたことがなかったことも影響していただろう。卒業後は大学院に進み博士課程を修了後、どこかの大学で哲学教授になり哲学を研究し続けるというのが彼が描いていた卒業後のコースだったから。
だが、このような状況で院の試験を実施する大学院があるとも思えないし、仮にあっても受験して受かるとは思えなかった。指導教官からも「分かれ道は第2外国語、多くがドイツ語になると思いますが、その成績で決まりますね。英語や哲学は皆変わりはないと思いますから」と言われていたがドイツ語がさっぱりダメだった上に、専門の哲学授業も受けられない状態が続いていたから、このまま試験が行われても受かるとはとても思えなかった。
N自身そのことは自覚していたが、かといって一般企業への就職も考えられず、今は目の前の政治的課題にどう立ち向かっていくかしか考えられなかった。そういう点では目先の就職のことを最優先し、そのことしか考えられないノンポリ学生や全共闘シンパ学生と大して変わりはなかっただろう。
(2)に続く
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