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栗野的視点(No.881) 2026年1月22日
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民主主義が崩壊するデジタル社会
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SNSの普及が情報の民主化を促進したのは事実であり、大きな功績と言っていい。
その一方で弊害も目立つようになってきた。ある面では弊害の方が大きくなってきたと言ってもいいかもしれない。情報の民主化は時を経るに従い無政府主義化してきているからだ。
これは現実社会でもそうだが、中央集権が解き放たれ分散化される段階で様々な情報が検証されないまま飛び交う。中には明らかにおかしい、間違っていると思われる情報も数多く発信される。
マスメディアの場合は発信前に複数の人の手を経て情報が検証された後に発信されるから誤情報・偽情報が発信されることはかなり低くなる。
それでもミスは起こる。すると鬼の首を取ったように、そこを取り上げ執拗に「マスゴミ」と攻撃する人達が現れる。そしてそういう情報を楽しむ人達が一定数いるのも事実だ。
民主主義が素晴らしいのは権力を特定の人間や集団に委ねることを防ぐ、よりよい方法だからだが、ベストな方法でないのも事実であり、過去の歴史が示すようにそこに付け入る人達が現れて来る。
彼らの武器は声の大きさ(それは往々にして勇ましい言葉で飾られたり、断言調で語られる)だが、デジタル社会では声の大きさは極端な主張と同意語でもある。
「白とも言えるが黒とも言える」と言うより、白黒をはっきり言い切る方が、それが間違っていようと受け手の側にははっきり響く。
自分では迷っている問題を「◯◯はこうだ」と断言してもらった方がスッキリする。例えそこに科学的に考えればおかしな部分があったりエビデンスがなくても、だ。
かつて「ムー」という雑誌などが古代に宇宙人が地球に来ていた「証拠」やキリストの復活、聖骸布の謎などの話を載せ、人々の神秘主義を煽っていた。
たしかにこの種の雑誌や本は面白く、その種の話にワクワクと心を踊らせ読んだことがあるし、今でも時折り読んでいる。
だが、それは小説やミステリー本を読むのと同じ感覚で、そこに書かれていることを100%信じているわけではなく、そんなことがあると面白いなという感覚だ。
そうした感覚を増幅させ販売に繋げるのが雑誌や本の目的で、宇宙から地球を見た時、神秘的な体験をし地球帰還後キリスト教の伝道師になった宇宙飛行士の話とか、人類初の月着陸船アポロ11号の乗組員は実は月に着陸していない、それが証拠に影の出方が違う、あれは米政府の陰謀で本当はアポロ11号は月に着陸していないという(一見科学的な)説、古代に宇宙人が地球に来ていた、それが証拠に古代遺跡から見つかったもの(オーパー)に宇宙船としか見えないものがある、果てはキリスト宇宙人説(同じように数々の奇跡を起こしているとされる空海に宇宙人説が出て来ないのが不思議だが)等々の話がこれでもかというぐらいに出て来るし、今でもTV出演し唱えている人もいるが、彼らは一時期の矢追ディレクター(と言って分かる人がどれぐらいいるだろうか)ほど注目も支持されもしていないが。
(2)に続く
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