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前立腺がんの手術を決意(2)


 順番が来て医師の前に座る。
40代後半と思しき担当医はいつものように検査結果報告書を広げながら説明を始めた。

「今回、PSAの数値は16.7でした」
「下がってますね」

 前回よりかなり下がっているどころか半年前の前々回の数値より下がっている。ここまで下がっていれば「積極的な治療」はもう少し後回しにし「しばらく様子を見ることにしましょう」と言うのではと思い、担当医の次の言葉を待った。
「そうなんです。PSAは下がっているんですが」
「が」で言葉を切られた時嫌な予感がした。
 なんだ、なにかあるのか、と。

「癌が少し大きくなっています」
 この言葉は予期していなかっただけに驚いた。PSAの数値は下がっているのに癌は大きくなっている? 普通は癌が大きくなったからPSAの数値が高くなっているではないのか。これって矛盾していないかと思ったが、MRIの検査で癌の大きさが確認できたのだから間違ってはいないだろうと考え「手術します」と答えたら、担当医がビックリしてのけ反ったのだ。

「手術されますか」
 医師は再度、同じ言葉を繰り返した。
「癌が大きくなっているんでしょ。手術しますよ」
「そうですか。手術はお嫌かと思っていましたが」
「いや、先生、私は手術が嫌いなわけではないんですよ。ただ75歳過ぎれば手術をしてもしなくても残りの年数は変わらないというデータが外国で示されているから、手術をしなくてもいいかと考えていただけで。でも、癌が大きくなっているなら手術しますよ」

「手術は先生がされると言われていましたよね。先生、腕はいいんですか」
「名医がよければ紹介しますよ」
「それは誰ですか」
「Q大病院の先生です」
 同じ病院の医師ならそちらにお願いしてもいいという考えがちらっと過ったが、別の病院の医師に、恐らく担当医の恩師ではないかと思うが、転院してまで手術してもらうほどのことではない。

「先生、私に任せてくれ! と言わないんですか」
「いや、普通は言いますよ」
「どうして言ってくれないんですか」
「それは栗野さんが特別だからです」
「そうですか。私は言って欲しかったな。先生と付き合っていて、人柄はいいと思っていましたし」
「人柄とあれは・・・」
「ええ、分かっていますよ。人柄がよくても技術は別だと」
「そうなんですよ」と担当医が応じ2人で笑い合った。
「私は信頼したら全てお任せしますというタイプですから」
「分かりました。私に任せて下さい」
「はい、お願いします」

「手術の場合、前立腺の周囲に勃起神経があり、それを残す方法と広範囲に取り去る方法があります」
「それぞれのデメリットは」
「勃起神経をできるだけ残す方法だと癌細胞に取り残しがあったりし再発するリスクがあります。前立腺の周囲を広めに取り去ると再発リスクは減ります。ただ術後、尿失禁が起こります。ですが大抵の人は1か月ぐらいで治まります。勃起神経を取るとSexはできなくなります。どちらがいいですか」
「う〜ん、死刑か終身刑かみたいな話ですね。もうSexはできませんといわれるのと、現実的には同じようなものでも可能性が1%でもあるのとではですね。まあ、Sexの方はもういいです」
「そうですか。ほとんどの人がそう言われますね。中にはできるだけ勃起神経は残してくれと言われる方もいますが。そう言う人は外国人の方に多いですね」
「私の場合は尿漏れの方が嫌なんです。写真を撮りに出かけるのが趣味ですから、尿漏れがあると外出が億劫になり、生活の質が・・・」
「クオリティ・オブ・ライフですね。術後1か月近く続く人もいますが、骨盤底筋を鍛えると早く治ります」

 こんな2人の会話を側で聞いていた看護師が診察室を出た後、今後のことについての説明をしに来て「お二人の会話は漫才を聞いているようでした」と笑っていたが、自分でも掛け合い漫才をしているような感じだった。

「S先生は上手ですから。今日は随分遠慮なさっていましたが、お上手ですから」と、二度も「お上手」と医師をフォローしていた。
 そうだろうと思う。年齢も40代後半。医師として最も脂が乗り切っている時期であり、手術例も多いはずだ。
                           (3)に続く


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