人生100年時代は弱者・高齢者が生きづらい社会(2)


 それにしても市の案内は不親切ではないかと思う。ワクチン接種の案内封書の中には会場名は表記されていたが、住所が書かれてないし、場所を表す周辺地図も載ってなかった。
 これでは高齢者が場所を間違うのもムリはないし、私ですらネットで調べて、もしやこの場所ではないかと考え、取り敢えずそこに行ってみたわけで、「足がない」高齢者が場所を探していくのはとてもムリだと感じた。

 高齢化社会だというのに高齢者に対する市の不親切さを感じたのは次の点だ。
 1.高齢者の一人住まいを想定していない。
 高齢者は誰かと一緒に住んでいると考えているのかどうか分からないが、高齢化社会になり、高齢者の一人住まいは増えているし、今後も増えるのは間違いない。にもかかわらず接種会場の住所、地図を載せていないのは問題で、もっと丁寧な案内を心がけるべきだ。
 2.「足がない」高齢者の負担軽減策がない。
 集団接種会場行きの直通バスもなく、足がない高齢者はタクシーを利用しろというのだろうか。
 3.スマホがなければ予約をしにくい。
 お婆さんが何度か「私はスマホを持たないから」と口にされていたし、受付の担当者にも同じことを言われていたので、集団接種会場の予約はスマホやPCでするようになっているのではと気付いた。たしか福岡でも電話予約ができるのは民間病院やクリニックになっていた。

 デジタル化は省力化になるかもしれないが、誰でも彼でもがデジタルを使えるとは限らないし、歳を取ってくれば操作ミスもある。
 公共サービスはもっと高齢者やデジタル弱者に配慮すべきではないか。

65歳以上に重くのしかかってくる

 高齢者になれば結構出費が嵩む。こう言えば、逆ではないか、交通費や各種入園施設など自治体による割り引きや優遇策があるだろうと言われるかもしれない。たしかに高齢者向けのバスカードは大方の自治体で導入されているし、植物園等公営施設入園料を無料にしている自治体が多いのも事実だ。

 その一方でしっかり徴収されているものもある。まず驚くのが介護保険料だ。退職した途端か、しばらくして届く介護保険料額を見て驚いた人は多いだろう。「まだ、介護も受けてないのに、こんなに取られるのか」と憤りに似た気持ちを覚えたのではないだろうか。
 共働きだったり扶養家族が居なかったりすると独身者扱いで現役時代もしっかり健康保険料を徴収されている。しかも健康であれば徴収された保険料の世話にもなっていないだろうから、収支計算では出費過多だ。
 そして定年退職したら介護保険料の徴収がプラスされる。それも取りっぱぐれがないように年金から自動的に徴収される。有無を言わせぬ取り立てで、下手な取り立て屋よりよほどスゴ腕だ。
 それでも年金支給額が多い人はいいだろうが、国民年金支給者や低所得者層にとっては介護保険料の高さは結構堪えるはず。どこまで行っても貧困層はまともな生活ができない仕組みになっている。

 それでも保険料は「共助」だから、いつ立場が逆になるかわからないからと諦めがつくだろう。いよいよ困った時は生活保護を受ければいいと考えていれば、これが不支給を基本に考えているのではと疑わざるをえず、とてもセーフティネットではないと気付かされる。
 例えば車を所有していれば生活保護の申請をしてもダメだと認められないし、アルバイトで少しでも収入を得れば生活保護の支給を打ち切ると言われる。例えその車が古い年式の車であってもだ。

 一体、地方で車なしでどうして生活できるのか。例外的に病院の行き帰りにのみ車の使用は認められているようだが、その帰りにスーパー等に寄り買い物をすれば目的外使用をしたとして生活保護を打ち切った例が最近あった。
 これでは最低限の生活どころか人間以下の生活をしろと言われているのと同じで、そこまで非人間的な扱いをされるぐらいならと、生活保護の申請を諦めて餓死した人達もいたというのに、行政の対応は相変わらずだ。
 因みに貧困率が最も高いのは65歳以上の高齢単身女性である。
                   (3)に続く


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