フィクションが史実を凌駕し信じられていく(4)
小次郎は若者である必要


小次郎は若者である必要

 「吉川武蔵」をはじめとし小説や映像では小次郎の年齢は18歳に設定されている。だが実際は50歳近かったようだが、それでは困る。
 誰が困るかと言えば時の政権。なかんずく中国侵略から太平洋戦争へと突き進んで行く軍部と、それに応えようとした大衆作家の吉川英治である。

 この時代、作家達は積極的に軍部に協力し、戦意高揚の文章を書き、従軍作家として大陸で闘う兵隊の勇敢な姿を新聞等に書いていった。
 上海戦で敵陣に突入し爆死した3名の一等兵は「爆弾三勇士」「肉弾三勇士」と称され、「軍神」と崇められた。新聞各紙も追随し、紙面で次のように称えた。
「「帝国万歳」と叫んで吾身は木端微塵」(東京朝日新聞)
「忠烈まさに粉骨砕身」(西部毎日新聞)
「葉隠れ主義の露堂々」(大阪朝日新聞)
 まさに戦意高揚。軍部の広報紙と化している。

 だが真相は「上官に突入を命じられた3人の兵が途中転倒のアクシデントに見舞われたが、戻ることはできず、命令のままに突進し爆死してしまった」(「福岡地方史研究」第56号)。
 しかし、新聞各紙は裏付けを取ることもなく軍部の発表を鵜呑みにしたばかりか積極的に国民を戦争に導く役割を自ら果たした。

 この時、メディアの頭にあったのは読者数。新聞が売れることだけで、この辺りは昨今のSNSによる情報拡散と実によく似ている。情報の真偽を確認することもなく、「面白いから」という理由で応援する。
 SNSで情報を流す方も選挙で当選することが目的ではなく自身のSNSのフォロワーが増え広告収入が増えることを目的に真偽不明な情報を流していく。

 さて、小次郎である。中年武蔵が50歳の武蔵に勝っても盛り上がらない。やはり相手は血気盛んな伸び盛りの剣士でなければならない。
 その相手に臨む武蔵は慕う女を振り捨て、目的に向かってひたすら進まなければならない。ここに求道者、武蔵像が創られる。

 吉岡一門はかつてのブランド力だけで存在する清国であり、小次郎に勝つ武蔵は大陸へ侵略していく皇軍。そこには「欲しがりません勝つまでは」という標語ですべてを犠牲にし、勇んで戦地に赴く兵士が武蔵と重なり合わされる、重なり合って読まれる。

 そういう時代背景の中で吉川英治は「武蔵」を書き、軍部の意向と当時の世相に応えていったが故に多くの人に読まれ、そこに書かれたフィクションが事実と思い込んで人々の頭の中に刷り込まれて行った。
                    (5)に続く


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