お通の存在は必須だった
「吉川武蔵」でお通は欠かせない存在であり、ある意味お通なくして「吉川武蔵」が多くの読者を獲得し得たかと言えば疑問だろう。それぐらい読者は武蔵を慕い地方から京まで武蔵の後を追うお通に心を寄せたが、その一方で慕う女を振り捨て剣の道を究めていく武蔵の姿に己が姿を映し、そうあらねばならないという思いを重ねたのである。
これは完全に吉川英治の創作である。にもかかわらず後世の人間がお通の存在を信じたのは映画やTVで中村錦之助や役所広司などの二枚目俳優が武蔵を演じたからだ。
こんなにいい男だから女に慕われても不思議ではないどころか、そんな女性がいるのは当然というトゥルーとフィクションをない交ぜにした感情がお通という女性を「実在」させた。かくしてフィクションがリアルになり「歴史」をつくっていった。
武蔵の肖像画を見ればお分かりだと思うが、彼は異形をしており、とても女性にモテるような男ではない。それを二枚目の男に仕立て上げたのだから映像の罪、罠と言っていい。
現実には存在しない女性「お通」をなぜ吉川英治は創作し登場させたのか。それは小説を面白くさせるため、と思われるかもしれないが、それだけではない。
吉川英治は今風の言い方をすれば「空気を読む」のが上手な作家。「吉川武蔵」を語る時、見落とせないのは時代背景。当時の世相であり、それに彼は応えようとし、応えたことで、お通と青年小次郎を生みだした。
(4)に続く
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