古い町並みや神社仏閣を観て歩くのが好きだ。神社仏閣は狛犬と木鼻で、他の人たちとは興味の対象がちょっと違う。
古い町並みは明治以降の近代産業化に取り残された地域に多く残っており、それらの大半は旧宿場町。私の行動範囲内では中国地方に多い。中国山脈の両サイドや山陰地方がそれにあたる。
山陰と山陽
ところで「山陰」と聞いて何を感じるだろうか。普段何気なく使っている呼び名だが「山陰」「山陽」と並べると少しは感じるかもしれない。明らかに「陽」の方が明るくて主のイメージがあり、「陰」の方には暗い、陽に対する従のイメージがある。
なぜ日本海側、日本列島北側の地域が山陰、「やまかげ」なのか。日本海に面し晴れた日が少なく、空がどんよりと曇っているから、特に冬は、と思われるかもしれない。
果たしてそうだろうか。地球規模で見れば、列島北側は大陸に面した表玄関であり、北前船を挙げるまでもなく日本海は主要航路だった。
主要交通が海路から鉄路、陸路に代わり列島の開発は瀬戸内側、太平洋側に移り日本海沿線は近代産業化から取り残されていったのだが、「山陰」という言葉の響きが暗黙の裡に負のイメージを植え付けていった側面があることも否定できないだろう。
そうした町並みを見て歩くと歴史に気づくと同時に新たな発見、出会いもある。発見は当時を生きた人々の知恵であり、地球環境に対するグローバルな視点であり、出会いは現在そこに住む人々との出会いである。
それはプラスとマイナスの両側面あるが、土地の人々と交わす会話は楽しく、また勉強にもなる。
海際なのに地名は坂越
赤穂市坂越の港を望む
古い町並みといっても今までは内陸部の町を訪れることが多かったが、今回は1週間程の間に港町の古い町並みを2箇所訪ねた。ともに兵庫県で1箇所はたつの市室津で、もう1箇所は赤穂市坂越。
室津は読んで字の如しで「津」の字が付いていることから水辺の町と分かるが、坂越は港町なのに水を連想させる文字がなく、代わりに山を連想させる名前が付いているから不思議に思っていた
ついでに触れれば「坂を越す」と書いて「さかこし」でも「さかごえ」でもなく地名は「さこし」と読む。「さかこし」から転じたものと思われるが、なかなか「さこし」とは読めない。
たつの市室津も赤穂市坂越も岡山県の実家から一般道を走って1時間程度で行ける。龍野の街中には何度も行ったことがあるが海辺の室津には行ったことがなかったし、正直言って室津の場所さえ知らなかった。
それなのになぜ、ということだが、この季節、コスモスが咲くにはまだ少し早く、趣味の花撮影に出かける先もなく悶々としながら、外出先を探していた。場所優先ではなく時間距離優先。1時間程度で行ける所が条件で兵庫県内を探し、室津という場所を知り、そこには加茂神社という古い神社があり、古い町並みも残っていると分かり、11時頃から急遽車を走らせた。
いつもの癖で、詳しい事前情報を収集して行くことはなく大まかな概略だけで、後は現地で見て回るというやり方だから観光名所などの見過ごしはよくあるし、後に調べて見過ごしを後悔することはままある。
だが行き当たりばったり、自分の興味関心だけで動き、土地の人を見つけてはいろいろ尋ねるので観光パンフレットを見るまでもなく教えられたり、地元の生の声が聞かれたりで結構面白い。
まあ、それらの大半は他の人にとってはどうでもいいような内容ばかりだろうが、自分にはそれが楽しく、面白い。
(2)に続く
|