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後継者へのバトンタッチはどのようにすべきか。(3)
〜家康型のバトンタッチの欠点とは〜


 この問題でルールを作ったから徳川家は長期政権を維持することが出来たのである。それは3代将軍の座を巡って行われた。秀忠の長男は生後8か月で亡くなっているので家光は次男ではあるが実質的には長男と変わりない。そしてその下に忠長がいた。家光と忠長は同腹の子であるが、母お江は弟の忠長の方を溺愛した。こうしたこともあり跡目争いが起こった。それを裁定するため家康が江戸城に出向き、2人を呼び出して対面した。その時、家康は家光を上座に座らせ、弟の忠長を下座に座らせたのだ。
 この時から徳川家は長子相続というルールが確立され、跡目を巡って争われることが表向きなくなった。

 実はこの問題は古くて新しいテーマであり、現代でも兄弟間で争われることが多い。兄弟それぞれにブレーンがおり、妻帯すれば妻とその親族という他人が跡目争いに絡んでくることになるから、よけいややこしくなる。2代目はまだしも3代目の時はもっとややこしくなる。
 家康の方法がそのままいまの時代に当てはまるかどうかは別にして、権力継承のルールをはじめ、様々なシステムを作り上げた家康のやり方は大いに参考にすべきだろう。

家康型バトンタッチの弱点

 中小企業のバトンタッチは家康型がベスト−−。
私はいままでそのように言ってきた。
若い後継者に完全にバトンタッチできるまで、代表権を会長、社長の2人が持つ「併走方式」こそが中小企業に最もふさわしいバトンタッチの仕方だ、と。
 しかし、この数年、必ずしもこの方法がいいとは限らない、と考え出した。
むしろ、この方法の弊害、弱点が見えてきたのだ。

 では、家康型の弱点とは何か。
そのことはいまの時代認識と大きく関係している。
低成長とは言いながらも、日本国内でまだなんとかビジネスが成り立っている時は家康型のバトンタッチでよかった。
 しかし、この数年、中国、インドなどの新興国が急激に台頭してきている。グローバル資本主義が云々という前に、市場は完全にグローバル化している。
 こういう時に国内市場だけでビジネスは行えない。
否応なく円も国際通貨の変動に巻き込まれるし、競合相手もかつては国内だけだったのが、いまや国内より海外、特に韓国、中国企業に移っている。特許申請にしてもかつての日本国内だけでまあなんとか凌げた時代は終わり、最近は中国での特許申請に注意を払わなければ、企業の死活問題になりうる時代だ。いわば国境を越えた「戦国時代」に突入している。
 こういう時代になぜ家康型のバトンタッチではダメなのか。
むしろ会長、社長、力を合わせて難局を乗り切る家康型の方がいいではないか、と不審がられるかもしれない。

 一体、家康型のどこに問題があるのか。
ひと言で言えば、ひ弱な後継者が増えてきたことである。
 いま、中小企業のトップは団塊(だんかい)の世代より少し前の世代が多い。そして団塊の世代がそれに続いている。団塊の世代も先頭集団はあと数年で65歳。そろそろ後継者のことを真剣に考えなければならない歳だ。
 個人的にはあまり世代論、いわゆる団塊の世代はこうだ、みたいに一まとめにする言い方は好きではないが、それでも彼らが育った時代背景が彼らの行動や生活スタイルに一定の影響を与えているのは間違いない。

 彼らの親の世代は戦時中の物資が乏しく、欲しいものも手に入らない「我慢せざるを得ない時代」「不自由な時代」に青春時代を過ごしているから、子供にはそういう思いをさせたくない、あるいは自分がしたくても出来なかったことを子供にさせて(与えて)きた。一種の身代わり行為、代行精神である。また市場にはモノが溢れだし、豊かさを実感できる時代でもあった。
 実際、私にしても父親が自分の書籍を古本屋で処分し、その金でおもちゃを買い与えられた。後年、そうした話を母親から聞かされたことがある。父は早稲田大の理工学部を卒業後、技術者として大手企業に勤めていたが、戦後故郷に帰り高校の教員になった。つましいサラリーマン生活で、給料前になるといつも金が足りなくなり、母が実家に借金の申し込みをしていたようだ。そんな生活をしながらも親は子供のために本を売り、おもちゃを買い与えたのだ。私は中学生になった頃、母親から家計のことを聞かされ、それと同時に小遣いを毎月いくらという形でもらうようになったが、常にその範囲中で遣り繰りするようになった。

 「不自由を常と思えば不足なし」と言ったのは家康だが、団塊の世代の親は不自由を常としてきたから、せめて子供には不自由な思いをさせたくない、と考える人が多かった。だから、子供は不自由ない生活を送ってきた。少なくとも物質的には。
 「世は生まれながらにして将軍である」と言ったのは3代将軍家光だが、2代目経営者にはいつでもなろうと思えば後継者になれる環境が用意されていた。それを拒否し、違う道に進んだのは少数である。多くは結局、親の仕事の後を継いだ。少しきつい言い方かもしれないが、やはり彼らは安全策を選んだのだ。若い頃に全共闘運動に身を投じた者も少なからずいたはずだ。でも、それは青春の1ページとしてアルバムに飾る「思い出」でしかなかった。結局は親の敷いたレールの上を歩いている。自ら起業するという道もあったはずだが。

 家康型の欠点はまさにここにある。
代表権を持った2人が併走することで、互いにリスクヘッジを行っているのだ。
親(代表取締役会長)は仮に息子が失敗したとしても、いつでもサポートに回れるという。息子(代表取締役社長)はいざという時には会長が助けてくれるのでは、という甘えがある。
 リスクヘッジといえば聞こえはいいが、言葉を変えれば両者による甘えの構図だ。
家康型のバトンタッチは少なくともいまの時代にはベストの方法ではなさそうだ。


                                               (4)に続く

【320*50】わけあり


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