崩壊するニッポン(4)
「安全・安心」神話の崩壊(3)
独裁国家は歴史を改竄する


独裁国家は歴史を改竄する

 公式記録から抹消と聞いて思い浮かべるのはかつてのソ連邦、中国などの共産圏諸国が行った公式文書・写真からの削除、改竄である。劉少奇や林彪は失脚後、毛沢東と一緒に写った彼らの姿は写真から削除され、その場にいなかったことにされた。歴史から抹殺されてしまったのだ。
 そして彼らの功績は歪め、貶められ、党への反逆を目論んだスパイ、根っからの悪人として新たに記録され直し、人々の記憶からも抹殺された。代わりに彼らの功績はスターリンや毛沢東といった党指導者のものに書き換えられていった。
 こうなると公式記録はどこまでが真実か、何を信じていいのか分からなくなる。同時代を生きてきた人でも年数を経れば記憶が薄れていく。そうなると頼れるものは記憶ではなく記録だが、その記録が、真実を伝えていなくても記録として存在している以上、そこに記されていることが「真実」になる。まさに歴史は勝者によって創られる、だ。

 こうした現実をジョージ・オーウェルは「1984年」で書き、人々に警告した。それから70年近く、中国文化大革命からでも半世紀が経つ。もはや人々は記憶ではなく「記録」に頼るしかない。ところが、その記録が真実を伝えていない、改竄されたものなら、真実は「藪の中」どころか、闇の中だ。
 つまり公文書の改竄はそれほど恐ろしい犯罪行為だということである。にもかかわらず当の官僚達にその意識がない。そのことに恐ろしさを感じる。「戦前の軍部独裁と同じ」という指摘は大仰でもなんでもないだろう。

 歴史を自分に都合よく書き換えるのは独裁者・独裁国家の常套手段である。彼らはあらゆるものを支配しようとするが、最も支配したいのは人の頭脳と精神である。
 自由な思考を奪われる怖さと監視社会の怖さはすでに70年近くも前にジョージ・オーウェルが「1984年」で描写している。読んだことがない方はぜひ、読まれた方ももう一度同書を一読されることをお勧めしたい。併せてスノーデン氏の告発も。

 「1984年」はフィクションで、現実世界のことではないと思われる方は、つい先頃行われた朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の党中央委員会総会の光景を思い出して欲しい。
 数か月前まで核とミサイル開発・保持を主張していた金正恩委員長が4月21日の同総会で「核実験とミサイルの発射実験中止」「核実験場の廃棄」を唱えると満場一致で承認された光景に驚いたことだろう。
 党の方針の急変。コペルニクス的転回、驚天動地。当の国民は腰を抜かさんばかりに驚いたのではないだろうか。それともかの国では朝令暮改は当たり前、真実なんて端からないと無関心を決め込んでいる(装っている)のか。

 同じことは中国でも言える。先頃、中国共産党が全国人民代表大会(全人代)で習近平氏の主席永続化に道を拓く憲法改正案が提案されたが、賛成2958票、反対2票、棄権3票の圧倒的支持で承認された。反対したのはたったの2人だけというのは異常すぎる。全人代議員は党の決定をただ承認するだけの組織、セレモニーになっている、とはいえ、かの国の10年後に思いを馳せると精神(こころ)が寒くなる。どうかすると習近平時代は毛沢東時代より独裁化が進んでいるかもしれない。

 いずれの国でも党が発表する数字、事実こそが「真実」である。それは数年、数か月前と違う数字、事実であっても、新しく発表された数字、事実こそが「真実」であり、それに異を挟むことは許されない。許されているのは拍手で「指導者」の決定に賛意を示すことだけだ。
 このような体制下で人はどうなるのか。「1984年」の最後の件(くだり)を再読して欲しい。オーウェルの予言を読み暗澹たる気持ちになることだろう。だからこそ、早いうちに「ノー」の声を上げるべきだと。                             (4)に続く


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