三流の国になり、ますます貧富の差が拡大するニッポン(4)
〜2極化した社会の先に現れるのは


2極化した社会の先に現れるのは

 様々な理由を付けて庶民からささやかな楽しみを取り上げていく政府だが、日本人は働き過ぎだと圧力をかけていたアメリカでは1990年代になるとベンチャービジネスの経営者は休日返上で働きだしていた。「24時間働けますか」のアメリカ版だ。
 常にアメリカの後ろ姿を見て追っかけ、真似てきた日本はこれを見て、かつてのような働きバチに戻るのかと思われたが、そうはならなかった。

 1980年代から受け続けたボディブローが効き、国内の製造業は海外へ移転してしまっているから国内の産業は空洞化し、80年代のアメリカと同じ状態に陥っている。
 さらにバブル期を経験し、汗水流して真面目に働くのがバカらしいと考える者が増え、ちょっとでも仕事がきつい職場は「3K」と称して避けるものだからマンパワーを必要とする建設・建築や介護・医療、運送、接客などの長時間労働になりやすい職場、特に中小企業の現場が慢性的な人手不足に陥り、コロナ禍で一度離れた人はそれ以後も元の職場に戻らなくなっている。

 まさに忽然と消えたわけで、元の職場を離れた人はどこに吸収されたのか。一部には大企業が吸収したという話もあるが、頭数だけ揃えればいいというわけではないだろうし、大手企業ほどデジタル化を進めているからかつてのように人を必要としなくなっている。
 日産自動車を例に挙げるまでもないだろうが大企業の場合は数千人、数万人単位でリストラという名の人員整理をしているから吸収するより放出している人数の方が多い。
 人員整理の対象にされた人達が再就職できる場はあるのか。もちろん一部の人は再就職できるだろうが、そうでない人もかなり出て来る。

 博士号を取得している大学講師でさえ非正規で働かざるを得ない時代だ。受験人口が多かった時代は予備校講師という職場もあったが今は予備校も倒産する時代。毎年、雇用契約の延長があるかどうかを考えながらする研究生活では人生を楽しむことさえできない。

 かくして人は下流へ下流へと流されていき、一度、下流に流されれば上へ這いあがることは難しい。家計が苦しければ子供を有名私立大学に行かせることも難しくなるし、仮に地元を出て都会の大学に入学しても授業料や家賃その他のためにバイトに明け暮れ、授業をまともに受けられなかったりする。
 当然そうした生活は就職にも影響し、下流から這い上がるのは難しく、その状態が固定化されてしまう。固定化した階層=階級が形成される。

 今や日本社会は2.6%の富裕層が経済も消費も支え、圧倒的多数の人々は明日の飯の心配をしながら生活している2極化社会。アメリカと同じ構造の2極化した階級社会になっている。

 「出口なし」の状況は絶望しか生まず、犯罪は増える。
それでもまだ絶対的貧困ではなく相対的貧困層が多い状態だから、過去の歴史に見られるような社会変革の動きは起きない。

 今世界が置かれている状況は似たようなものだが、ヨーロッパでもアジアでも民衆は立ち上がり、変革の行動に出ないのはなぜか。
 1つには絶対的貧困にまで追い詰められていないからであり、2つ目は「茹で冷ましガエル」になっているからだ。
 「茹で冷まし」は「茹でガエル」の逆で、少しずつ湯の温度が下がり水から氷になっていても、水温の変化がゆっくりしているから気付かず、気付いた時は凍死寸前というわけだ。                                 (5)に続く


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