「人を信用すれば企業が生きてくる」
〜公協産業グループ・國廣秀司会長の経営哲学(3)


60歳でバトンを社員に渡す

 いまや団塊の世代も70代に突入しだし、その前後から中小企業でも後継者にトップを譲る動きが当たり前のように見られだしたが、國廣氏が社長を退いたのはまだ60歳だった。
 バトンを渡されたのは30代前半の社員。傍目にはもう数年後でもよかったのではないかという気もしたが、自身が若くして起業したから後継者にも早めに経験させた方がいいという思いがあったのだろう。

 人を信用すれば企業が生きてくる−−。これが國廣氏の信条である。そして一旦任せると細かい報告は求めず、失敗してもいいから思い切ってやらせる。「なにかあった時には尻拭いをすればいいだけだから」と。
 かつて自身がそうされたように、後継者を信用し、すべてを任せ、自身は他の事業を手がけ、会社にもあまり顔を見せなかった。
 このやり方がうまくいくこともあるし、そうでないこともある。人には2つのタイプがあるからだ。1つは國廣氏同様、意気に感じて、信頼に応えようとより力を発揮するタイプ。もう1つは自分が天下を取ったような気になり我が物顔に振る舞うタイプだ。
 企業の大小を問わず後者が目に付く。古参の口うるさい番頭格がいない組織では尚のことそうなりやすい。

 このところ製造業で不正が相次ぎ明らかになっているが、共通しているのはその部署に任せ切りでチェック体制が不備なことだ。報告を求められることなく、他からのチェックも入らなければ、人は好きなように振る舞い出す。これがデータのごまかし、金銭の着服、私的な遊興費の会社へのツケ回しになり、やがて公私混同、会社の私物化へと繋がっていく。
 かつて中興の祖と尊敬された人物でも、長年トップに君臨していれば諫言する「番頭格」もいなくなり、自らを「神」かなにかのように勘違いし、陰で「○○天皇」と揶揄されていても、それをいいことにさらに君臨し続けた経営者が金融業界その他で散見されたのはまだ記憶に新しいだろう。

 それはさておき、國廣氏からバトンを受けた最初の人物は残念ながら後者のタイプだったようだ。あまりにも私物化が目立つようになり、ついに専務が「こんな会社だったら辞めます」と國廣氏に直訴した。
 「今の会社は会長が作ってこられた、アットホームな、風通しがいい会社、挑戦して失敗しても、それを責めないという社風の会社ではなくなっています」

 それまでは多少の雑音があっても、信頼して任せた以上もう少し様子を見ようと考えていた國廣氏も、この時はさすがに即行動に移した。
「あの時、会長が社長に復帰されるだろうと思っていました」
 そう語るのは現社長の小川大志氏。
 実際、一度バトンタッチをしたものの、結局、復帰して代表取締役会長兼社長になった人は結構いる。まだ60代前半という國廣氏の当時の年齢を考えれば社長に復帰してもおかしくはなかったし、社員もそれを当然のことと受け止めていたに違いない。
 しかし、そうはならなかった。羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹くのではなく、再び人を信用し、任せる方を選んだのだ。そして、その相手は「こんな会社なら辞めます」と直言してきた小川大志氏だった。

 私が彼に会ったのは今回で2度目。前回は10年前で、その時は専務取締役工場長だった。こういうと失礼だが、その頃に比べると随分精悍な顔つきになっており、経営者として様々な経験を積んできたことが即座に見て取れた。

世の中の役に立つ仕事以外はするな

 会社を私物化し、乗っ取りまで企んだ前任者の後を受けての社長就任は、いきなりギヤをトップに入れ、目の前の坂道を上るようなものだったかもしれない。デマも流され、取引先から真顔で心配されたこともあった。だからこそ、ギヤチェンジもなく、いきなりトップギヤで全速力で駆けなければならなかった。いままで以上に礼儀正しく真摯な態度で仕事に臨み、誤解を一つずつ解いていく以外にない。
 「負けられない」という思いを全社員が共有しながら頑張った結果、社長就任1年目はなんとか前年比プラスを達成した。
 そこでわずかに気の緩みが出たのか、「社長就任3年目に売り上げがガタンと落ち、5か月連続赤字を記録」してしまった。
「さすがにこれはマズイと思い、会長に報告に行きました」
 報告を聞いた後、國廣氏は持ち前の大声でこう言った。
「小川君、心配するな。大丈夫だから、いまのスタイルで頑張れ。後2年赤字が続いても屁とも思わない。何10億も赤字が続いたのなら別だが、社員と一緒になんとかしようと前向きに頑張っている中での赤字なんだから」

 この言葉を聞いた時、体の震えを禁じ得なかった。
「本当にありがたかった。こんな事を言ってくれる人はいない」
 心に涙した。そして誓った。いままで以上に頑張らなければと。早速、全社員を集めて「今年1年を振り返り、来年の目標設定」をする「決起大会」をする。
 赤字を含め、会社の現状を包み隠さず話した。目標の「見える化」である。それが功を奏したのか、以後、売り上げが右肩上がりに急カーブを描いてきた。この「決起大会」は今も続けられている。

 最後に今後、グループ、会社をどうするのか尋ねた。
「世の中の役に立つ仕事でなければしてはいけない、と会長から常々言われているので、それは守っていきます。そしてアットホームな会社、風通しのいい会社、失敗しても、それを責めない会社という社風を今後も大事にしていきたい」
「自分でレールを敷いて行け、ということもよく言われています。で、何ができるかということですが、とりあえず今現在は公協産業をしっかりと守り、さらに伸ばしていくということです。新しいものの開拓についてはまだ具体的に言える段階ではありませんが、JC、商工会議所で知り合った人脈を生かして、異業種同士のコラボレーションを考えているのが1つ。もう1つは上道駅前、住宅地という旧本社跡の立地を活かした活用を考えているところです」
 と小川氏。
                                              (4)に続く


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