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N の 憂 鬱-27
〜足し算から引き算、そして足し算の生活(4)
−拘置所で雑煮を食べる(2)


 大晦日が開け、いつもの朝がやって来た−−。年が明けたからといってここでは何か変化があるわけではない。いつものルーチンが繰り返されるだけで、取り巻く空気にさえ変化はなかった。
 「寒っ」。洗顔を終え、小さな小机の前に座り朝食膳が配られて来るのを待つ間、寒さに思わずブルっと震えたぐらいだが、朝の寒さでさえ大晦日と元日で変わることも変わるはずもなかった。

 ここでは365日、同じ時間が流れる。見える景色も何一つ変わらない。そう感じていたが、アルミ椀に朝食を入れながら配膳係が「今日は雑煮だよ!」と言ったから驚いた。。
 えっ、雑煮が出るのか?
 配膳係の顔を思わず見上げ「雑煮?」と口にした。
それを聞いた彼の顔がほころび「そう、雑煮だよ」とオウム返しに言葉が返ってきた。そう言った時の彼の顔がどこか誇らしげに見えた。

「何も楽しみがない塀の中だけど、せめて元旦ぐらいは雑煮を食べて娑婆の生活を思い出し、正月気分を味わってよ。ぼくは模範囚だから来年の正月はきっと娑婆で雑煮を食べてると思うけど」
 彼は心の中で一人ひとりにそう声を掛けながら、雑煮を配っているに違いない。ちょっと誇らしげに見えたのは、そんな気持ちが働いていたからだろう。

 そうか、雑煮が出るのか。
受け取ったアルミ椀を覗き込んだが、目に入ったのは雑煮ではなく味噌汁にしか見えなかった。
 なんだ雑煮と言いながら味噌汁を先に注いだのか。雑煮の方を先に欲しかったな、と思いながら彼の顔を見ると、Nの気持ちが分かったのか分からなかったのか彼は相変わらず誇らしげな顔をしたまま「はい、次は味噌汁だよ」と同じような形をした汁椀を差し出した。

 やはり最初に受け取ったのが雑煮らしいと両椀を見比べたが、どちらも同じような色で、同じように味噌の香りがした。違いは雑煮椀と思しき方には白菜らしき具が入り中身が少し濃そうに見えたぐらいだ。
 箸を入れ具をすくってみる。味噌色に染まり崩れた団子のようなものが箸にかかり姿を見せた。
(これが餅か?)
 少し得体の知れない味噌色のものを口に運ぶ。口中に軟らかいものが広がり、噛むと中ほどにわずかに硬さが残っていて餅らしき感触がした。
(これが「雑煮」なのだ)
 それは初めて目にし、口にした「雑煮」で、Nが知っている雑煮とは似ても似つかないものだった。
 
 雑煮と言えば醤油味で椀の中に入っているものはホウレンソウに蒲鉾、スルメ、カツオ節ぐらいで餅は丸餅というのがNが食べてきた雑煮で、それ以外の雑煮は知らなかった。後になって生まれ育った地域は関西風で味噌味らしいと知ったが確認したことがないから、実際にはどんな味か今に至るまで知らない。
                                                  (3)に続く


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