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それからしばらくして多嘉山が接見に来て「本の差し入れの時、下宿に一人で勝手に入ると大家さんに変に思われるから築山さんに一緒に行ってもらった」とNに告げた。
(ああ、そうか。それで築山は俺の部屋にステレオがあったのを知り、狙ったのか)
「弁護士さんは、クリスマスの前には釈放されるだろうと言っていたから、後ちょっと頑張って」
「そうか。この間は勾留理由開示請求の後には釈放されるだろうと言っていたけどクリスマスの頃と言っていたか」
弁護士もこっちとあっちで言うことが違うのかと苦笑したが、N達には短めに告げたのは希望を失わせないためだろうと思い、頷いた。
「あのね、三奈木さんが下宿を追い出されて行く所がないらしいの。それでNさんの下宿を使わせて欲しいと言っているんだけど、いい?」
(三奈木? ああ、多尾嘉の友達のあいつか。それにしてもなぜ、俺の下宿に?)
多尾嘉は1年後輩で学部は理学部数学専攻だったが、正義感が強く、Nが社学同ML派をE大で立ち上げた時、最初に参加してくれた者の1人で、三奈木は多尾嘉の友達だった。
「Nさん、三奈木をオルグしてもらえませんか」
三奈木をMLに入れたいけど自分がオルグしてもうんと言わないから代わりにオルグしてもらえないかと、以前、多尾嘉に言われたことがある。
友達の多尾嘉が参加を勧めても、うんと言わない者を俺が口説いてもダメだろうと思い、多尾嘉にもそのように話したが、「三奈木はMLシンパなんです。だからNさんがオルグるとMLに入ると思いますねん」と言う。
参加する奴は主体的に参加する。外からいくら強制しても主体性がないと仲間にはならない、という考えだから、ほとんど他人をオルグして参加させたことがなかった。そこがNの弱点であり、E大でMLが勢力を拡大できない理由である。
そう分かりつつ、一方ではやはり仲間を増やしたかった。もし、多尾嘉が言うように三奈木がMLシンパなら、オルグすればもう一歩踏み出させるかもしれない。
そう考え、何度か三奈木に会いMLへの勧誘をしたことはあったが、何が何でもという気迫がNの方に欠けているものだから、相手にもそういう気持ちは伝わり、三奈木がMLに参加することはなかった。
だからNには意外だった。自分達の仲間でも、それほど親しく接してきた後輩でもないのに、留守中に俺の下宿をしばらく使わせてくれという感覚が理解できなかった。
「寮があるだろう」
多嘉山にそう答えた。
「寮は断られたらしいの。それで他に行くところはなくて、多尾嘉君から頼まれたのよ。Nさんに頼んで欲しい、と」
学生寮に断られたというのはありうる話だった。学生寮の自主管理等を巡る闘争の頃は寮生も共闘してくれる仲間に好意的で出入りも自由にできたし、闘争仲間を泊めてくれたりしていたが、大学立法反対運動が激化し、大学を取り巻く問題だけにとどまらず、政治闘争的な色合いが濃くなってくるに従い、女子寮の方が共産党系の民青(みんせい)組織と一緒になって「学内民主化」を叫び、寮生外の学生の寝泊りを拒否する姿勢に変わりつつあったから、寮に入れないと言われて、そうなのかもと思った。
第一、学内の情勢が分からない身でそれ以上詮索できないし、詮索しても意味がない。外の支援に頼らざるを得ない状況では「頼み」を受け入れるしかない。
「分かった」と多嘉山に返事をしたものの、築山の時同様、腑に落ちない感情は残った。
立場が逆だったら勾留されている仲間のところに、そういうことを頼みに行っただろうか。それはないな。そう思うと身勝手な仲間達に少し失望した。
(次回)に続く
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