▽身勝手な仲間たち
そのことがあってからしばらくして築山が接見に来た。まさか築山が来るとは予想もしていなかっただけに嬉しかったが一人だった。てっきりNに差し入れを届けてくれたり、外部との連絡役にもなってくれている多嘉山日向子と一緒だろうと思ったが彼女の姿が見えなかったのでちょっとがっかりした。
仕切りの向こうの築山はいつものようににこやかな顔をNの方に向け「居心地はどう?」と、まるで下宿にでも訪ねて来たように声をかけて来た。
相変わらずだなと思いながらも、いつもと変わらない接し方をする築山の態度が逆に嬉しかった。
「いいわけはないだろう。でも、本はよく読めるわ」
「そうやろ。刑務所は革命学校と言うてるからな。邪魔者も入らないからよく勉強できるやろ」
そう慰めとも励ましともつかない言い方をしながら、本題(?)に入った。
「あのな、お前当分出られんやろ。それでお前が持ってたステレオ、俺が使ってやろうと思うけど、どう」
ここは拘置所の接見室で喫茶店ではない。2人の間は厳重に仕切られている。普通の感覚ならそんな話をするには似つかわしくない場だと感じるはずだし、そんな話をしに来る人間はいない。
だが築山にはそんな感覚はなかった。いつものように「どうってことはないよ」という顔でNのステレオをねだった。
「えっ、あのステレオか。使ってやろうだって。まさかくれと言うんじゃないだろうね。ダメだよ、あれは俺が先輩から貰ったものだから、やらないよ」
「いや、くれと言うてるんと違うで。お前が出てくるまでの間、ちょっと貸してくれと言ってるだけや」
(築山が俺の下宿に来たことはあっただろうか。でなければ俺の部屋にステレオがあることを知っているはずはない。まさか俺が逮捕されてから留守中に部屋に入ったのか。あり得ないこともないな。多嘉山と一緒に差し入れの本や品物を探しに行ってくれたのかもしれない。それにしても目敏い奴やな。ちゃっかりステレオに目を付けてたのか)
大卒の初任給が2万円程度の時にシングル盤が約300円、LP盤が1,500-3,000円とレコード自体も高く、簡単なアンプを内蔵した小型のレコードプレーヤーが普及し始めていたが、よほどの音楽好きでもなければ学生でステレオプレーヤーを持っている者は少なかった。
Nが先輩から譲り受けたレコードプレーヤーはビクター製で50cmほどの脚が4本付いた本格的なステレオプレーヤーだったから、当時、学内では車を持っている者はいなかった時代に中古車とはいえ車に乗っていた築山が欲しがったのも無理はない。
そのステレオを工学部の先輩が卒業前に「君にやるよ」とくれたのだった。その先輩とは特に親しかったわけではないが、社研の先輩で法律専攻の鎌本と同じ下宿で隣同士の部屋に住んでいたため、鎌本の部屋に行った時よく顔を合わせ時々一緒に話をしたりしたが、その時の話の内容も雑誌「プレイボーイ」や「平凡パンチ」に載っている寺山修司や「書を捨てよ、町へ出よう」という寺山の本の表紙イラストを描いた横尾忠則や自民党の青年議員、中曽根康弘は自民党内では期待できるなどと彼らが言っているのを聞き、へぇー、中曽根根ねと聞いていたぐらいだから、親しいという程の関係ではない。
それがいきなり「このステレオは君にやるよ」と言われたのだから驚いた。彼らの下宿に行った時、ステレオを見て、ねだったことなど一度もなかったからだ。第一、音楽を聴くという趣味自体がなかったレコードも持ってなかった。だから、なぜ俺にと思ったものだ。
それだけに築山に貸すことに一抹の不安はあったが、わざわざ接見に来てくれたのだから、まあ、いいだろうというか、この状況でこちらに選択肢はないように思え「いいよ」と返事した。ただ「俺が出たら返せよ」と付け加えて。
こういう状況で「頼み」に来る奴も奴だが、なぜか築山は憎めなかった。それでも築山の次の言葉には少々腹立たしさを覚えた。
「MLも大変やで、もう外には誰もおらんで。野中もブントになったしな。あいつ、俺がオルグってやったんや。お前もMLやめてブントに変えたらどう。そうしたら面倒見てやるよ」
まるで官憲が運動からの離脱や転向を勧めるのと同じ言い草だった。だが築山にはそこまでの考えはなく、いつものような世間話とも冗談とも取れる言い方であり、こんなところでそういう話をする築山の無防備さ、無神経さが怖かった。
野中がMLからブントに移ったと聞いても驚きはしなかった。野中が10・21国際反戦デーで御堂筋に行くのを渋り学内に残って闘いたいと言うのを聞いた時から、奴の戦線離脱はありうると感じていたからだ。
だがNを始めMLの同志が数人逮捕されている状況で、本来なら獄中の仲間を支えなければいけない人間が、また「10・21」の時、大阪で皆が逮捕された時は組織を1から再建すると誓った者が、同志が減っていき少数になったとたん他セクトに衣替えをする身勝手な態度だけは許せなかった。
(4)に続く
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