N の 憂 鬱-24〜拘禁生活
ー新たな日々の始まり(2)


 「点呼!」と叫ぶ声が少し遠くから聞こえてき、続いてガチャガチャッとカギを差し込み扉を開け閉めする音が段々近づいてきた。
 「番号!」「1104番」
 軍隊調に大声で応答する声が右隣りから聞えた。
 次は俺の番か。そう思うと身体に緊張が走った。カツカツカツと革靴の音が3歩程聞こえて部屋の前で止まった。
 ガチャガチャ。カギが扉に差し込まれ、ドアが外側に大きく開かれた。腕を後ろ手に組み姿勢を反らした大柄な男が目に入った。
「番号!」と男が叫ぶ。
「1105番」
 Nも男に負けない声で返す。

 「1105番」。名前ではなく番号で呼ばれるのは屈辱である。だが、これがここでのNの名前だ。名前をなくした男、誰でもないノーボディの「N」。

 この屈辱は経験したものでないと分からない。拘置所や刑務所で拘束者を番号で呼ぶのは効率のためなんかではない。もし、そう感じている者がいれば、その人は権力の恐ろしさや権力者の意図に無頓着過ぎるよほどのお人好しだろう。そして、そういう人ほどロシアや中国、北朝鮮その他の独裁者を批判するのは対岸の火事、「あっしには関わりのねえこと」と見ているからだが、本当に自分には関わりのないことだろうか。
 そうではないことは過去の歴史、世界の動きを少しでも見れば分かるはずだ。

 拘置所は既決囚が収容される刑務所とは別の施設であり、裁判も開始されていないから未決と呼ばれる被告が収容される。「推定無罪」という言葉があるが、ここにはそんな言葉はないし、ここの辞書には載っていない。辞書に載っていないから、ここでは通用しないし、どこ吹く風だ。
 通用するのは明治時代に作られた監獄法のみで、それが改定もされず延々と続いている治外法権の世界である。
 明治時代の監獄法が全面的に改正されたのは驚かれるかもしれないが、つい最近の平成18年6月2日。なんと100年ぶりと聞けば余程無関心、無頓着な人間でもビックリするに違いない。
 当然、N達は監獄法の支配下にあるわけで、現在の中国やロシアその他の独裁国家の監獄に投獄された状態を少しイメージすれば比較的近いかもしれない。
 近代国家といっても近代化されていない部分は今でもいっぱい存在しているということだ。

 点呼が終わると食事の時間だ。看守に続いて寸胴鍋を載せた手押し台車を押して来る音が聞こえ、扉の下の方に開けられた小さな窓(食器口)が開けられ「食事だよ」とアルミの器に盛られたご飯が差し出された。
 「はい、次は汁だよ。こぼさないようにしっかり受け取って」。そう言って同じようにアルミの器が差し出され、それを両手で受け取る。次にちょっとした菜が入ったアルミの皿が食器口から差し出された。
 相手の顔や身体は見えない。見えるのは器を差し出す時にわずかに覗く手首から先とグレー色をした上着の袖だけだ。会話はない。「ご飯」「汁」という短い単語のみだから、相手の身分は分からないが看守でないことだけは確かだ。

 「刑務所の飯の方が上手い」
 留置場で若いヤクザの兄ちゃんがそう言っていたが話が違う。
 Nはそう思った。留置場の飯は麦飯(正確には麦の配合が多い飯)だが、それほど不味いと思ったことはなかった。「刑務所の方が飯はうまい」と言っていたから留置場の麦飯よりうまいのだろうと思っていたが、たしかに麦の配合は留置場の飯より少なかったが、全体的にベチャッと押し潰されたような感じで飯は軟らかく、Nにはまだ留置場の麦飯の方がうまいように感じられた。
 ただご飯も味噌汁も冷たくはなかった。作り立てを配っているはずだが、順に配給していくうちに冷めるのだろう、ホクホクは望めないにしても、少し温いという感じぐらいだった。それでも12月の寒い朝にはわずかでも温かみのある食べ物はそれだけでうれしかった。
 Nにとっては何もかもが初めての経験であり、不満を覚えるより「へえー」という興味の方が強かった。

 食事を終えると、しばらくすることがない。と思っていると、ガチャガチャとカギを突っ込み扉を開け閉めする音や、なにやらガタッ、ゴトッと台車の車輪の音などが配膳時より大きく聞こえてくる。
 何をしているのか気になったが、通路の様子を見ることはできない。それでも耳を澄ましていると、配膳時と違って扉を完全に開け閉めし、何かを出し入れしているように思えた。
(何をやっているんだろう)
 不意にカギが差し込まれ扉が開けられた。
 意識が外の様子の詮索に向き、房の前で人が立ち止まったことに気付かなかった。
 ハッと驚いて顔を上げるとグレーの上下服(既決囚が着せられる制服)を着た155、6cmの男が押していた台車の手を休め「便器を出して」と言う。
(えっ、便器? 便器を出すって、どういうこと?)
 こちらの戸惑いが分かったのか、男が「ほら、便器をここまで持って来るんだよ」と面倒くさそうな表情を浮かべて催促をする。

 トイレまで歩いて行けない病人や高齢者が室内で用を足す時に使う簡易便座を思い浮かべれば大体想像つくと思われるが、もちろんあんなにシャレた感じのものではなく、木桶の中に陶器製の壺を入れて、その上に中央に穴が開いた蓋をしたもので、便器というよりオマルと言う表現の方がピッタリ来る。
 そのオマルを部屋の中から扉の外に持って行くわけだが、中の壺を抜き取って出すのか、それとも木桶ごと抱えて出すのか分からず困った。
 えーい、ままよ、と木桶ごと持って出た。係りの男が文句を言うかと思ったが何も言わなかったのでそれでよかったようだ。
 東京拘置所は水洗便所になっているということは少し後に知ったが、ここは四国の田舎町。設備も制度も体質も古い監獄法で支配されたままだ。
                             (3)に続く
 


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