N の 憂 鬱-23
〜名前をなくした日々の始まり(9)
留置場から拘置所へ身柄移送(後)


 「君たちの弁護を担当することになった弁護士の高畑です」
 Nの前に現れた男はそう名乗った。身長は162、163cm、年齢は30代後半のようにNには思えた。
「先生、この後はどうなりますか」
 一番知りたいことを真っ先に尋ねた。
「勾留期限は10日間ですから、10日目には釈放されるでしょう。さらに10日間の勾留延期もありますが、まあ、君らの場合、それはないでしょう。その後、検事が起訴すれば裁判ということになります。もうしばらく辛抱すれば出れますから」
 弁護士からそう聞かされ、なんだ、もうすぐ出れるのか、と急に目の前が開けたような気分になった。

 9日目の朝、看守が房の前にやって来て、10時頃、拘置所に移ることになったから、と言うのを聞き、ちょっと意外な気がした。
(弁護士の話と違うではないか。勾留延期? さらに10日も入れられるのか)
 そう思うとなんとも腹だしい気持ちになった。

「刑務所に移されるみたいだな」
 3つ隣の房から若いヤクザもんが声を掛けて来た。
「刑務所の方がここより楽だから。メシも留置場の麦飯と違って向こうの方が上手いし、運動もできるしな。布団や毛布も希望すれば私物を入れてもらえるから差し入れてもらえばいい」
 彼は刑務所内のことにも詳しいようで、留置場より刑務所の方がはるかに楽だと、慰めなのか彼流の連帯意識から来る励ましなのか分からないが、経験者として教えてくれた。
 そして最後に「頑張れよ!」という言葉で送り出してくれた。
その言葉を背中に聞きながら、顔もよく見ていず、生きる世界も違う男から寄こされたエールに連帯感のようなものを感じていたのは自分の方だったのかもしれないと思いながら留置場を後にした。
                                  (次回)に続く
 


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