N の 憂 鬱-22
〜バリ封鎖と逆封鎖、法文本館の激しい攻防戦(8)
実力解除を始めた民青と激しい攻防戦


▽実力解除を始めた民青と激しい攻防戦

 逆封鎖が開始された−−。法文館を取り囲んだ民青を中心とした勢力は約200人。法文館内部にいる全共闘の学生は30人少々。中核派を除いた20人程は想定外の立て籠もりであり、彼らは脱出を試み、法文館から外に出て、逆封鎖の囲みを破ろうとするが、その度に押し返されてしまう。

 その間のことを「熊山学長による傷害その他に対する告発状」では次のように記している。

 「民青及びその他の一部学生ら約200名共謀の上、右建物内にいる全共闘の学生30名位に対し集団で投石し、消防用のホースを以て放水し、さらに角材等を以て殴りかかるなどの暴行を加えた。
 特に11月9日午前1時頃、右建物内から外に出ようとして1階に降りて来た全共闘の学生N他約30名位の者に右民青らの内50名の者は同建物前及び後の路上から数100の石を投げ、前記Nの全身に10数個の石を当てた上、左足大腿部打撲傷の加療1週間、傷害を与えたほか、約30名の者にも打撲傷等の傷害を負わせた」

 激しい投石合戦が開始された。だが、法文館占拠組は元々それ程多くの石を持ち込んでいたわけではないからすぐ底を突く。
 そうこうしていると法文館前の地面にパーと赤い炎が上がった。いつの間に用意したのか、中核派が火炎ビンを投げたのだ。投げたのは法文館と包囲派の間の人がいない場所だったから、近寄るなという警告のようなものだ。
 だが民青など包囲派はそれに過剰に反応した。後ろに下がるどころか逆に包囲網を縮めて行った。

 こうなれば実力で排除する。そんな思いで法文館に近付き、入り口に机や椅子で築かれたバリケードを撤去し始めた。対する立て籠もり組はそうはさせじとバリケードの内側からゲバ棒を振り下ろす。民青も負けじとゲバ棒で殴りかかる。
 形勢は人数が少ない立て籠もり組に不利で、彼らは1階を放棄し2階へと後退した。そして2階に上がる踊り場に築いたバリケードを強化し、何とかそこで防ごうとする。

 互いに角材、鉄パイプで殴り合い、立て籠もり組はここを突破されれば、いよいよ追い詰められ逃げ場がなくなるから必死に守ろうとする。民青などの解除派はここを突破すれば全共闘を殲滅できると考え、勢力を増して押しかけてくる。
 その様子を眺めていた野次馬的取り巻き学生達が校舎に駆け寄りバリケード解除に手を貸していく。
 すると正門の方から彼ら目がけて石が飛んできた。学外にいた全共闘系の学生達が正門から入って民青達解除派に投石し、立て籠もっている仲間の支援にやって来たのだ。
 だが彼らはすぐ民青やバリ封鎖反対派によって追い払われてしまった。

 2階の階段踊り場ではバリケードを挟んで一進一退の闘いが繰り広げられていた。民青達は下から机やロッカーで積み上げられたバリケードを1つ1つ取り崩そうとする。そうはさせじとバリケードの隙間からゲバ棒を突き出し、振り回し、民青を近寄らせないようにする。だが多勢に無勢。バリは外側から少しずつ取り払われていく。

 民青の突撃隊が積み上げられた机や椅子を取り崩しながらゲバ棒を繰り出してくるのがバリケードの隙間から見えた。その手を目がけてNが槍を突くように鉄パイプを繰り出す。突いた瞬間、手応えを感じた。
 いままで小説や映画の中で天井に潜んだ相手を下から槍で突き「手応えがあった」と言うシーンを見て、「相手の姿も見えないのに本当か」と疑問に思っていたが、この時初めて実感として分かった。手応えは確かに感じるものだと。

 やはり数に勝るものはない。N達全共闘は徐々に上へと追い詰められていったが、民青も用心して一気に上がっては来ない。怖いのはどちらも一緒だ。彼らも様子を見ながら3階までは上がって来ず、2階のバリケード撤去に力を割く。そこに上から火炎ビンを投げつけたものだから、民青は一端外まで引き上げた。

 夜10時を回り、辺りは真っ暗で、立て籠もっている全共闘には下の様子がよく分からない。逆封鎖をしている連中はどこから持ってきたのかサーチライトで法文館を照らし始めた。外から中は見えるが、中からは外は暗くて見えない。そこに消火栓からホースを引いて放水を始めたものだから、立て籠もっていた連中は水を浴び、ずぶ濡れになりながら徐々に4階と屋上に集まってきた。

 「おい、火炎ビンはどこで手に入れたんだ」
4階まで退却したNが尋ねると「ああ、これ、昨日の内に運び込んでいたんです」と、その場にいた中核派が答えた。
「へえー、さすが中核派やな。手回しがいい」
「築山さんが手配してくれたんです。車を持っているからガソリンを買ってきて用意してくれたんです。あの人、こういうことうまいから」

 築山という男は不思議な奴でゲバ棒を持って最前列で闘ったり、占拠組に入ることはないが、デモの参加者をオルグしたり、ノンセクトの連中をオルグしてブントに加入させるような動きは得意としている。
 火炎ビンを準備するなどということはNには思いも付かなかったが、築山はそういうことにはよく気が回る男で貴重な存在だ。だが、デモの際でも3番目か4番目に位置し、絶対に最前列で進んだり突っ込んだりはせず、常に自分の身を安全圏に置いている要領のよさがある。

 その築山がガソリンを購入し火炎ビンを作ったのだから驚くと同時に半分納得もした。ゲバ棒を持つのと火炎ビンを準備するのとでは逮捕された時、刑の重さが違う。それを分かっていたのか、それとも火炎ビンを用意はしても自分の名前が出なければ、いつもの口調のように「なんてことはないよ」と思っているのか、あるいは準備はしたが火炎ビンを投げるという行為は行っていないからと、もし逮捕されでもすれば、そう言い訳するつもりなのだろうか。
 置かれていた火炎ビンを見ながらボンヤリとそんなことを考えていたが、それは彼が感じている程長い時間ではなく、現実にはほんの一瞬のことだった。

「これをどうやって投げるんだ」
「ビンの先に布が詰めてあるでしょ。そこに火を点けて投げるんですよ。火を点けたらすぐ投げんとダメですよ。でないと自分がヤケドするから」
 ブントの2回生が、この人はそんなことも知らんのか、というような目でNを見、火炎ビンを1本渡した。
 ビンはコカ・コーラーの空きビンで、それを手にすると、なる程と妙なところでまた感心した。コーラービンは持ちやすく、投げやすいことが分かった。

 真っ暗な闇の中に赤い炎が何本も上がる。屋上や4階から火炎ビンを投げている。Nも4階の窓から下に向かって投げていた。
                             (9)に続く
 


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