N の 憂 鬱-19
〜夜明けに襲撃してきた防共挺身隊(5)


▽防共挺身隊の襲撃を乱闘の末撃退

 25日夕から学長室に座り込み、占拠した全共闘はそのまま本部事務局棟を10月2日まで占拠することを決定した。泊まり込むメンバーは日によって違ったが常時10人程度が泊まり込んでいた。
 「暴力学生」が大学本部事務局を不法に占拠しているというニュースが地元紙や地元TV局で流されると新浜の右翼、防共挺身隊も知るところとなり、「赤の連中の暴挙を許していいのか」「大学は何をしているんだ。自分達でできないなら俺らが代わって排除してやろうじゃないか」という話が内部で盛り上がった。
 防共挺身隊の血気流行るメンバーは学生達とほぼ同年代。常々学生の行動を腹立たしく思い、一度は街宣車で大学正門に乗り付け、全共闘と武闘になりかかったものの警察関係者や機動隊が駆け付け、引き上げさせられたという思いがあり、今度は実力行使で、奴らに思い知らせてやると息巻いた。

「この前は邪魔されたから、今度は邪魔が入らない時間に行くぞ」
「そうだ、そうだ。夜襲をかけるか。寝込みを襲ってやれ」
「待て、待て。真っ暗だと危ない」
「なら、夜明け前だ。少し明るくなりかけた頃がちょうどいいだろう」

 襲撃日を29日の夜明け前と決め、午前3時過ぎに新浜市を出発し、E大に向かうことにした。

 夜明け前に右翼が襲撃してくることなど予想もしていなかったから本部事務局に泊まり込んでいた10人足らずの学生は思い思いの場所で寝入っていた。
 そこに突然、ガラスが割れる音や椅子などが倒される音が階下から響いた。
「なんだ今の音は?」
 驚いて何人かが飛び起きた。
 そこに石が飛んできた。
 ただならぬ雰囲気に内部にいた人間は飛び起きはしたが、まだ様子が分からず「なんだ、なんだ」「どうした」と状況を確認しようと外を覗いたり、階下の様子を窺おうと階段付近から下に降りようとした者もいた。
 その時、入り口から侵入し階上を見上げた襲撃者と目が合った。
「わっ、襲撃だー」
 叫びながら引き返そうとした時「この野郎!」という声と同時に後ろから木刀で後頭部を殴られた。殴られながらも仲間がいる学長室に逃げ込んだ。
「おい、民青か?」
「違う。右翼だ」
「えっ、右翼なのか」
 右翼と聞き、皆に緊張が走った。
 近くにあったゲバ棒を手にして身構える者、机や椅子を出入り口に運びバリケードを築こうとする者などてんでに動き回る。

 階段付近の物音はいっそう騒々しさを増し、襲撃してきた防共挺身隊員が結集し、階段を上がってき始めたのが分かる。
 だが、内部の様子が掴めないから彼らも一気に襲いかかっては来ない。慎重に様子を窺いながら中にいる人数を把握しようとしている。気せずして階段を上がった辺りで両者はしばし見合い対峙する形になった。

 中にいる人数は5、6人と見たのか襲撃してきた右翼のリーダーらしき男が手にした木刀を振り上げ「やっつけろ!」と仲間を鼓舞するように叫ぶと、先頭に立って木刀を振り回してきた。
 全共闘側もゲバ棒を槍のように構え、相手の木刀を払ったり、突いたりするものの、元々が武闘集団ではないし、不意を襲われて動揺している。かと言って逃げ場はないから、ゲバ棒の長さを頼りに相手を近付けないようにゲバ棒で突いたり、叩くしかなく、明らかに形成が悪い。

 2回生の羽海野が周囲を見回すと仲間の連中はゲバ棒を構えて時々突いたり振り下ろしたりするぐらいで防戦一方だが、その中で1人だけ防共挺身隊と本気にやり合っている男が目に入った。中核派の幡野だ。それを目にして羽海野は腹を据えた。
「くそっ、ぶっ殺してやる!」
 目の前で木刀を振り回していた防共挺身隊のリーダーと思しき男に向かって大声を発すると、一瞬相手が怯んだように思えた。
(えっ、怯んだ?)
 襲撃された時は慌てていたから相手の年格好もよく分からなかったが、周囲が少し明るくなってきたのと、相手が一気に襲いかかって来なかったので、相手を確かめる余裕が少しできた。
 最初は30、40代の屈強な男達が襲撃してきたと思っていたが、どうも同じぐらいの年齢らしい。そう思うと羽海野に落ち着きが戻り、腹も座り「この野郎! ぶっ殺してやる!」と叫び、ゲバ棒を相手目掛けて突き出し、相手が怯むと今度は上から振り下ろした。
 羽海野の大声でリーダーらしき男が一瞬怯んだように思えたのは羽海野の都合いい思い込みではなく、相手も内心ビビっていた。それを読み取った羽海野の度胸勝ちである。

 防共挺身隊に押され、防戦一方だった全共闘は中核派の幡野と羽海野の奮迅のお陰で襲撃者を押し返し、彼らは来た時の街宣車に乗り新浜に引き上げ、以降はせいぜい街宣車で街中を回るぐらいで、それ以上の過激な行動に出ることはなかった。
 


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