▽右からの攻撃が激化してくる
「ゲバ棒を用意してるんですよ。今後に備えて訓練した方がいいと思いますよ」
そう言ったのはブントから中核派に鞍替えした羽海野だった。
「えっ、いつの間にゲバ棒を揃えたんや。どこから持って来たんや」
羽海野の言葉に驚いたNだったが、「こういうことがうまい奴がいるんですよ。色々噂も飛び交っているし、その時に多少備えておく必要もあるかなと思いまして」と言われ
「そうだな。それなら早速今夜あたりからでも訓練をするのか」と言葉を返した。
「そう思っているんですが、号令かけてくれませんか」
「えっ、俺が? ゲバ棒なんて持ったことないし。第一、訓練って、どうやるんや」
「隊列組んでゲバ棒を担いで突撃すればいいんですよ。そういうのを何回か繰り返せば、皆度胸も付いてきますから」
「やり方よう知っとるやないか。君がやればいいじゃないか」
「いやいや、こういうのはやはり上級生が号令かけないと」
「他の奴が色々おるやろ。こういうのはGなんかがピッタリやけどな」
「そうなんですけどね。Gさんは保釈されたばかりですからね」
「そうだったな。他におらんのか」
なんだかんだというやり取りの末、結局、訓練指導を引き受けさせられ、その夜からゲバ棒を担いでのデモ行進や、ゲバ棒を斜めに抱えて突進する訓練が夜間密かに行われた。
彼らがゲバ棒を用意していた裏にはある噂があった。「右翼が襲撃してくるらしい」。出所不明のそんな噂が流れた。ある者は大学周辺をうろついている「私服」から「用心した方がいい」と忠告されたと言い、また別のある者は「右翼の防共挺身隊らしい」と噂した。
「私服から得た情報」と聞き、全共闘内の反応は複雑だった。1つはその情報の信憑性をどう捉えるかであり、仮に信憑性がある情報だとすれば、学内の動きを探っている彼らがなぜ情報を与えたのか。当然そこにはある種の取り引きがあったと考えるのが自然だし、警察権力は戦前から常に内部に情報提供者を送り込んだり、内部の人間を時に甘言を弄したり、就職をネタに諭して情報提供者にしてきている。
人は弾圧には激しく抵抗しても甘言には弱い。学生達の運動に対し「君達の気持ちは分かる。自分も今学生だったら同じことをしていたと思うよ」などと理解を示す風を装い、2、3度接触し、その内食事に誘い、内部の動きをそれとなく聞き出すのが公安警察や私服警官の手口である。
一方の学生は立場は違うが理解してもらえたということで多少親近感を覚えると同時に、食事を奢られたお返しのような感情も手伝い、全面的に警戒心を解いたわけでなくても、この程度の話ぐらいはいいだろうと考え、学内の動きを話す。
最初は警察の動きを逆に探ってやれ、ぐらいな気持ちで相手の話に応じていたかもしれないが、気が付けばミイラ取りがミイラになっている。相手はプロだ。学生の手を捻るぐらいは簡単で、3回に1回ぐらいはちょっとした情報を与え、相手を繋ぎ止め情報提供者に仕立て上げていくやり方は時代が変わろうが、国が変わろうが同じだ。
私服から得たという情報の信憑性以前に全共闘内部あるいは周辺のシンパ層に警察に情報提供している者がいるということの方が問題であり、そのことを一部セクトの人間から問題視されたが、もともと全共闘運動は外に対して開かれた運動体であり、自分達の活動はオープンにしていたから、いわゆる「一般学生」でもある程度の情報を得るのは比較的簡単だ。
警戒心が足りないと言えばその通りで、その辺りは戦前・戦中に非合法活動に従事していた社会活動家には比するべくもないが、それが非合法活動とは違う点であり、全共闘運動が持つ弱点でもあった。
「防共挺身隊ってこの間正門前で揉めてた奴らか」
「そうだ。正門前の立て看を壊したのもあいつらじゃないかな」
「とんでもない奴らだな。本当に襲撃してくるのか」
「まさか、それはないだろう。本部は新浜市と言っていたから、そこからわざわざ来るか」
「そうだよな。M市内なら分かるけど新浜からなら1時間? 2時間位かかるのか」
「噂に過ぎないとは思うけど、一応、用心だけはしておいた方がいいだろう」
「そうだ、そうだ。ゲバ棒も用意しとこう」
右翼の襲撃という噂をあり得ないと笑い飛ばすことができないのは1週間近く前に右翼の街宣車が大学正門前に乗り付け派手な街宣活動を行ったことがあるからで、その時、中核派との間で互いの口撃がエスカレートしていき、あわや武闘かという事態にまでなりかけたことがあった。
その時は多くの学生達が遠巻きに見守っていたし、急を聞いて駆け付けた機動隊と私服が右翼の連中を帰るように説得し、彼らもこれ以上の行動は逮捕に繋がると判断し新浜へと引き上げはしたが、防共挺身隊は行動右翼として知られていただけに、警察も彼らの動きをマークしていた。
(3)に続く
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