Kurino's Novel-13
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闘争委員会を結成し、哲学科ストに突入する
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▽全哲学闘争委員会結成
「おかしな話を聞いたんだけど、どう思う」
ゼミ終了後、席を立ち帰りかけたNの耳に誰かに話しかけるような声が聞こえた。普通の会話ではなく、声を少し抑えたような言い方が気になり、足を止め、声のする方に振り返った。その場にいた数人が同じように反応した。
「今度、名大から来た助教授だけど、本当は別の先生が来ることになっていたらしい。ところが1人が反対して、最終的に反対していた教授が押す名大助教授になったというんだ。変な話だと思わないか」
声の主は一度社会生活を経験した後、大学に入ってきた同期生で、どこから仕入れて来るのか噂話や裏話の類をよく知っていた。
「おい、待て、待て。元々決まっていた先生は別の先生だったというのか。本当か」
工学部4回生から転学部してきたGが興味を示した。
「うん、この前、北さんと話している時、そんなことを聞いた。自分の後任はC大学でマルクス主義哲学を教えていた先生を推薦することに決まっていたんだが、Aが強固に反対したから変わった、と」
北さんというのは今度定年退官することになった北教授のことで、マルクス哲学を中心に講義していた。日本共産党員ではないかという噂もあったが真偽の程は分からない。ただ、あの時代の知識人は日本共産党員でなくてもシンパが多かったし、ましてやマルクス哲学を教えているぐらいだから近い距離にいたのはほぼ間違いない。
一方、転学部組の大半は新聞部や社研で活動しており、日本共産党に対しては批判的で、立ち位置は反代々木だったが、北教授との関係は良好だった。
「A1人の反対で変わった、というのか。それはおかしいじゃないか。民主主義の原則に反している」
「多数が推したものが、なぜたった1人の反対で覆るんだ。そこがおかしい」
「審議過程を明らかにするよう要求しよう。授業を受けるのは我々なんだから、教官選考に我々学生の声が反映されないのはおかしいではないか」
「そうだ。学生も選考に参加させるべきだ」
もともとA教授はN達転学部組の間で評判はよくなかった。
・教授なのに勉強していない
・自分の学生時代のノートを今だに使って講義している
・講義の内容が毎年同じらしい
・出席を取る
特に評判が悪かったのが出席を取ることで、出席日数で学生を縛ろうという態度に講義内容の自信のなさを感じさせたし、哲学専攻生の中でA教授を慕っている者はいなかった。
そのA教授一人が反対し、最終的に他の教官達がAの言い分に従ったというのが本当なら穏やかではない。ゴネれば通るのか、ゴネ得を許す体質が哲学教室の中にあったのか、民主的と思われた教授までが多数決の原則になぜ従わないのか等々疑問は次々に湧いてくる。
ただ、この話だけではよく分からない。もう少し詳しい情報が必要だ、という点でその場にいた者達の意見が一致し、引き続き情報収集をすることを確認してその場は終わった。
それから数日後、噂話の収集に長けた彼が再び情報を仕入れてきた。
「この間の話はやはり間違いなかった。哲学教室の中では北さんの後任はC大学の助教授に決まっていたらしい。それにAが反対したんだ。反対理由は教室内のバランスということらしいが、要はマルクス哲学系が2人になるのはおかしいということではないか」
「マルクス哲学が2人って、小森さんはマルクスというより弁証法だから違うじゃないか」
「それはそれとして、一番の問題はなぜ多数決の原則が覆り、Aの意見に他の教官が従ったのかということだ」
「Aのゴネを許した教官達の方こそ問題だろう」
「そこなんだ。哲学教室で決めても、最終的に決まるのは法文学部の教授で構成される評議会らしい。C大学の助教授を後任に推薦しても、法文学部評議会の反対に遭って潰されるだろう。それなら評議会で通りそうな名大の助教授を推すことにしようと妥協したようだ」
「いずれにしても、経緯を明らかにすべきだ。それと選考過程に我々学生の意見も取り入れるように申し入れをしよう」
「よーし、来週の授業はボイコット。その場で説明会の開催を要求しようじゃないか」
その場で哲学闘争委員会を結成し、今後は全哲学闘争委員会(全闘委)の名称で交渉することを確認し合った。
(4)に続く
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