N の 憂 鬱-10
〜夜明け前の街頭ビラ貼り(4)


  ▽シケモクと中古車とてんぷら

 それでもまだその頃は牧歌的で、権力側が剥き出しの力を前面に押し出してくる程学生側も先鋭化していず、せいぜい「私服」が市民を装って付きまとい監視してくる程度だが、抜け目なく顔写真は押さえていくから、ビラ貼りやおとなしめのデモ程度でも少人数の時程リスクは感じるだろう。それ故、先々の就職のことを考えれば活動にシンパシーは感じても参加を躊躇う者も一定数いた。
 街頭デモよりはビラ貼りの方が少人数ということあるし逮捕の口実も作られやすいので逆に警戒感を要し、人の目がある日中は避け夜明け前に行っていた。

 この日もいつものように十数人で出かけての帰り道、ビラを貼り終えた安堵感も手伝い、帰り道では軽口も出、ふざけ合いながら歩いていた。その様子を見た人がいたとしても、ビラ貼り帰りの学生とは思わず、ああ、飲み明かした学生さんが朝帰りをしていると思ったに違いない。

「あっ、タバコ」
 先頭を歩いていた築山が突然声を上げ、高い背を折り曲げ手を伸ばして屈んだ。伸ばした手の先に半分程の長さで捨てられた吸い殻が見えた。
「おい、まさかシケモクを吸うんじゃないだろう」
 その声で手が止まった。
「いや、吸いはしないよ。だけど、もったいない吸い方をする奴がいるなと思って」
 バツが悪そうな顔をし、笑って誤魔化していたが、声を掛けなければあのままシケモクを拾って吸ったのではないかとNは思った。
 それにしてもおかしな奴だ。たしか親は三菱系企業の重役と聞いていたし、皆が自転車にしか乗ってない時に、築山は車に乗っていた。その時も「車と言ったって中古車だから、どうってことはないよ。そんな大したものじゃないって」と言っていたが、その言い方が偉ぶる風でもなく、聞いてた方に自転車と同じぐらいの乗り物で「どうってことはない」と思わせてしまうようなところがあった。
 とはいえ、中古車であっても自転車を買うのとは桁が違う。それを買える人間が落ちているシケモクを拾おうとした行為とがどうにも結び付かない。

「ねえ、てんぷらを食べない?」
 後ろの方で声がした。
「てんぷら? こんな朝早くから開いてる店はないよ」
「あるのよ。豆腐屋さんがこの近くにあって、そこがてんぷらや厚揚げも作ってるから買えるの」
「へえー、豆腐屋がね。豆腐屋はこんな朝早くからやってるんだ」
「そう。作りたてだから熱くて美味しいよ」
 夜明け前から動いているから皆、腹も減っているし「異議なーし」で意見が一致。買ってきた揚げたてのてんぷら(さつま揚げ)を一人ひとりが一枚ずつもらい、フッフッフ、ホッホッホと頬張りながら大学の方に歩いて行く足元に朝の光が長い影を作っていたのは、てんぷらの味とともに忘れられない思い出となった。
                             (次回に続く)
 


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