N の 憂 鬱-10
〜夜明け前の街頭ビラ貼り(2)


  ▽歴史に学ばない人間が繰り返す

 一回生も終わり頃になると、Nは地方研にはほとんど顔を出さなくなり、そちらは自然退部のような形になった。代わりに社研での活動が増えていったが、そのことが地方研の連中から距離を置かれる遠因にもなった。

 地方研と社研は、まだその頃までは反目し合う程ではなかったが、前者の中心部員には日本共産党(以下、日共)の下部青年組織、日本民主青年同盟(略称・民青同盟、民青)系の学生が数人いたのに対し、後者は反スターリン主義を掲げ、当時の国際共産主義運動の主流派や日共からトロツキストと批判された新左翼、反代々木(日共の本部が代々木にあったことから、日共の理論、行動等に反対していた新左翼がこう呼ばれ、また彼らもそう自称した)系にシンパシーを感じる者で占められており、理論的にも反スターリニズムであり、学園闘争が激しくなるに従い、民青と反代々木の新左翼系学生は激しく対立するようになる。

 <注釈:スターリンの一国社会主義革命理論に対し、トロツキーは永続革命論を唱えてスターリンと対立。スターリンから迫害されメキシコに亡命したが、スターリンが放った刺客により暗殺された。スターリンとトロツキーの際立った違いは前者が一国社会主義革命を主張(社会主義国家・ソ連一国の利益を優先)したのに対し、トロツキーは永続革命による世界革命を唱えたこと。
 トロツキーの思想を主張する者がトロツキストと呼ばれたが、後には反スターリン主義者、半日共のマルクス主義者に対するレッテルとして利用されもした。そのため、厳密な意味ではトロツキー主義者でない者も「トロツキスト」と呼んで日共は攻撃したし、今でもしている。>


 中央の動きが地方に伝播するには時間的なズレがある。特に海を隔てていると波動が海水を抜ける時弱められ、再び陸地に上がった時はかなり緩い波になっている。
 しかもインターネットも発明されていない時代だから、情報を伝えるものは新聞か、ラジオ、TVの電波しかない。当時、自宅通学生を除けば下宿先にTVがある学生はまだ少なく、せいぜいラジオを持っているぐらいだからTVは学食その他で食事時に観るぐらいだし、チャンネルはほとんどNHKに設定されているから、NHKのニュースか「ひょっこりひょうたん島」を観ながらの夕食時が映像に接する数少ない時間で、後は大学近くの喫茶店で新聞を読むぐらいしか情報を入手する機会はない。

 だからといって地方の人間は情報過疎で、何も知らず呑気に過ごしているわけではない。今でこそ情報リテラシーがどうのこうのと言っているが、情報は待っていて届くものではなく取りに行くものだし、入ってきた情報をどう見極めるのかという分析力こそが問われるから、今のような情報過多の時代の方が情報に惑わされやすいと言える。まさに過ぎたるは及ばざる如しで、現代人に最も欠けているのは分析力だろう。COVID-19の流行でそのことがより明らかになった。

 フェイクニュースに踊らされる人、フェイクニュースの信者になり、フェイクニュースを拡散する人。フェイクニュースを信じ込み、トランプの十字軍気取りの人。怖いのは一度フェイクニュースに触れ、それを真実と思い込んだ人が正気に戻ることは非常に少ないということだ。
 そのことを日本人はオウム真理教の事件で経験しているはずだが、ウイルスを前にすると過去の歴史はおろか過去の体験からも学ぼうとしない人が多い。
 今こそ歴史から学ぶことが必要な時代に、歴史に目を背け、自分が見たい世界だけ見続ける人が何と多いことか。
 それでも、それが個人の領域に留まっている間はまだいいが、悲しいかな今はデジタル全盛時代。SNSでどんな意見でも大勢になってしまうことがある。まさに悪貨が良貨を駆逐するだが、悪貨を良貨だと信じ込んでいることが怖い。
                                  (3)に続く

 


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