◇叱責されクソッと一念発起
こうして読書会が始まり、後半に差し掛かった頃「N君、以上で何か質問があるか」と振られた。
「済みません。価値には”使用価値”"と”価値”の二つがあるということですが、”価値”って何ですか」
直後、島の顔に険しさが宿った。
「君はそんなことも知らないのか。勉強不足だ」と一喝された。
そんな言葉は予期していなかったので唖然とした。勉強不足だって、クソッ。頭に血が上り、もう何も考えられなかった。
その後、島は板書しながら、一般的に「価値」と言われているものには「使用価値」と「交換価値」があり云々と丁寧に説明をしてくれたが、Nの耳にはそんな説明も頭の上を素通りして行くだけで、何も耳に入らず、気が付けばその日の読書会は終わっていた。
その間、頭を占めていたのは「勉強不足だ」という先程の言葉で、一喝されたことにカッカしていた。
お前は三回生で俺は一回生。知らなくても当然だろう。それを勉強不足だって。分かったお前が三回生になって言っていることを俺は一回生で言ってやる、と心に誓った。
読書会が終わると皆連れ立って歩いた。その中で最も普通人らしく見える法律専攻の中西がにこやかな顔で話しかけてくる。気にかけてくれているようで嬉しかったが、Nは先程一喝された相手、島に後ろから追いつき「下宿に付いて行っていいですか」と話しかけた。
島は背が高く柔道でもやっているのかと思うような体格をしていた。読書会の時は冗談も言わず、必要なことだけを言う無愛想な感じだったが、突然の申し出に嫌な顔もせず「いいよ」と快諾してくれたので、そのまま島に付いて下宿先まで行った。
下宿は二階の一間を借りた部屋で広さは三畳程しかなかったが、部屋に入ると本棚の前に行き、並んでいる本を順に目で追った。
「ドイツ・イデオロギー」(マルクス)「空想から科学へ」(エンゲルス)「フォイエルバッハ論」(エンゲルス)「現代思想入門」(梅本克己)「社会観の探求」(黒田寛一)「国家と革命」(レーニン)「実践論・矛盾論」(毛沢東)
知っている名前はエンゲルスの「空想から科学へ」ぐらいで、他は何やら難しそうな本ばかりだったが、なるほどこういう本を読んでいるのか、要は読書量の違いだから、これらを読めば同じになれるはず、と安易に考え、本の題名を覚え込もうとした。しかし、見聞きしたこともない題名はそう簡単に覚えられるはずもなく、せいぜい二、三冊の題名と著者の名前をバラバラに覚える程度しかできなかった。
そんな姿を見ていた島はNの意図を察した風で「大通りの本屋まで行こうか」と誘ってくれた。そして本屋の棚の前でこれにこれとあれ、と本を指し、若干の解説を加えながら「これらを読むといい」と教えてくれた。
「全部買うと高いから、まず値段の安いものを一、二冊買って読んでいくようにすればいいだろう」
と買い方までアドバイスを受け、これがこの人の本質だったのか、それとも教育学部で先生を目指しているから親切丁寧なのかと、読書会の時は別人を見ていたような気になった。
(3)に続く
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