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 「白衣」と「天使」と差別構造(1)


栗野的視点(No.840)                  2024年11月14日
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「白衣」と「天使」と差別構造
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 「白衣の天使」という言葉があるが、今は白衣を着ている看護師は少ない。グリーン系だったりクリーム、ピンク系と制服も多様化しているが、ここの病院は医師も看護師も白衣だ。

 彼女達の制服を見ながら、「白衣」と「天使」の関係性について考えていた。なぜ看護師の制服は白衣で、彼女達は「白衣の天使」と呼ばれるのだろうか。
 人を落ち着かせ、穏やかな気持ちにさせるには白色よりクリーム系かグリーン系の方が適している。それなのになぜ白衣の天使なのか。天使が着るものは白衣でなければいけないのか。

 それはナイチンゲールの昔からナースが白衣を着て傷病者の看護に当たっていたからで、黒板が緑板に替わっても「黒板」と呼ばれるのと同じ、と歴史説を唱える人がいるのは百も承知だが、「白衣」はそれでいいとしても「天使」と結び付き「白衣の天使」という熟語で語られるのはなぜか。
 天使は白衣でなければならないのか。最近では黒衣やエンジ、ベージュ色を着た看護師はごく普通に目にするようになっているが、彼ら、彼女達は「黒衣の天使」「ベージュ衣の天使」とは呼ばれない。天使=白衣なのだ。

 白色は穢れを知らない色で、天使とはそういう存在だからと言われるかもしれない。
 果たしてそうだろうか。その裏に差別感が潜んでいないだろうか。「ホワイト・イズ・ビューティー」と思って(思わされて)いないと断言できるか。

 ここでちょっと横道に逸れるが、神と人の関係を見ていこう。神話では神がこの世を創り、人を創ったとになっているが、それは間違いで、実際には人が自分の姿形に似せて神を創造したのである。
 もし前者説を取るなら地球上には1つの神しか存在しないことになる。特に一神教では。
 しかし世界中には多くの神々が存在しているのが現実で、各民族は自分達に姿形が似た神を創造している。大和民族の神は大和民族に、アイヌ民族の神はアイヌに、アメリカ先住民の神は白人ではなく有色で先住民の姿形をしているではないか。

 我々は知らず知らずのうちに経済的優位性の立場にある人種の価値観を受け入れ、それが当たり前であるかの如くに従ってきているが、「白衣」と「天使」は1繋がりではなく別々のものだと認識を改める必要がある。

 色には潜在的に持っている意味や使用される意図がある。例えそれが意図的ではないと弁明しても見る人に与える印象があり、多分にそこは意識して使われている。
 肌の色や着ているものではなく中身で判断すべきだ。そう頭では理解していてもつい外観で、無意識的であっても差別している。

 本メルマガ「No.838」でも書いたようにハリウッドの世界でさえ長年そうだった。
 多様性が叫ばれ始めたのはこの数年のことではない。それなのにオスカー受賞者が白人ばかりなのはおかしい(OscarsSoWhite)。そういう声が年々高まっている。
 ちょっと考えれば誰でもおかしなことに気付くはずで、今アメリカで白人種は多数派から滑り落ちつつある。それが彼ら白いアメリカ人の恐怖になっている。特に下層階級の白人には。
 自分達がマジョリティ(少数者)になるということは既得権益を失うことになり、それが耐えられないのだ。既得権益には経済的なものも含まれるが、尊敬の念といった精神的なものも含まれる。「尊敬の念」と言っても個人に向けられるものばかりではなく集団、民族、コミュニティーに属しているということでも受けられる。
 例えば野球選手で言えば、かつては読売巨人軍の選手というだけで尊敬の眼差しで見られ、ある種の特権を享受できた時代もあったが、それと同じようなものだ。

 「数は力」というのは政治の世界だけではない。マジョリティーであるが故に受けられるもの、逆にマイノリティーだから受ける不利益がある。そうしたものが既得権益になり、享受してきた多数者は既得権益を必死に守ろうとする。
 既得権益を脅かす存在、例えば移民とか自国内の少数民族には力(数)を与えたくないと考え、何が何でもマジョリティーのままに留めておきたいと考える。こうして差別の構造が生まれる。

 民主主義は数の論理を認める制度である。この制度を是とするためには自分達のコミュニティーがマジョリティーでい続けなければならない。マイノリティーになれば今まで得ていた既得権益が奪われるからで、その潜在的な恐怖が世界の各国、各地を支配している。

 一方で多様性を受け入れる社会が唱えられながら、他方でマジョリティーとしての既得権益を守りたい、守ろうとする。その動きを今後加速させると思われるのがトランプのアメリカだが、そこまで極端ではなくてもヨーロッパにも中国にも、そして日本でも見られる。
 なんとも嫌な時代になりつつある−−。

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