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30-40年、消息不明だった友を探し歩く旅(2)


 それでもせめて生きているかどうかぐらいは知りたいと思い、近くの幹部交番に入った。警官なら「とりげん」という店のことぐらいは知っているだろうと考えたが、数年で転勤するため年配の警察官も若い警察官も「聞いたことがない」と言う。
 その時、年配の警察官が「酒屋で尋ねてみたら」と教えてくれた。なるほど地元のことは酒屋か米屋が知っているかと納得し、商店街の酒屋を尋ねて「とりげん」のことを尋ねると、応じてくれた女主人が「うちがあるこの場所にあったんです」とのこと。
 果物屋は親父が亡くなった後と思われるが土地を売却し、その後に酒屋が開店したようで、敷地を見れば結構大きな店舗建住宅だったことが分かった。

 結局Kが今どこでどうしているのかは分からなかったが、元気なら70歳前後のはず。「亡くなった」とは誰もが言わなかったから、再会はできなかったが、なんとか元気でいるといいなと思い、Kを探す旅は終わった。

30年振りに米子市で再開した従兄弟

 気になっていたもう1人は従兄弟で、最後に会ったのは親父の葬儀の時だから丸30年会っていないことになる。
 親父の妹の息子で、その頃は鳥取にいたはずで、もし今も鳥取にいるなら、帰省中に鳥取方面にはよく出かけているから会いたいと兼ね兼ね思っていた。
ところが住所が分からない。叔母さんもまだお元気なのか、一緒に鳥取で住んでいるのかも分からず、連絡が取れずにいたが、ふと他の従兄弟に尋ねれば何か分かるかもと思い出し、大阪にいる従兄弟にメールで問い合わせた。

 その結果、米子市にいるということが分かり、住所とともに電話番号を知らせてくれたので早速電話番号宛にショートメールを送り、4月、5月は岡山県美作市に滞在しているので、できれば都合のいい時に会いたいと連絡した。
 とにかく30年間互いに連絡を取り合ったこともなかったので彼は余程驚いていたが、4月より5月の方が都合がいいという返事がメールで来た。
 相変わらず少林寺拳法は続けているということや叔母さんも亡くなられていることなども分かった。
 突然の連絡で驚いていたが再会できるのを喜ぶ風が伝わってきた。

 当初5月の方が時間が取りやすいと言っていたが、私の都合で4月下旬の日曜日に米子市で会うことになった。
 30年振りの再会である。待ち合わせ場所は鳥取県西部総合事務所前と指定されたが、それがどんな建物なのか検討もつかないので、相手を認識できるかどうか不安だったが、車道から標識に従って右折しようとした時、歩道に立っている人がいて、こちらを見ていた。
 横断歩道を進むのだろうと思い男性が歩き出すのを待ったが動く気配がないのでやむなく車を進め駐車場に入ると、先程の男性が近づいてきて声をかけられた。
 従兄弟が横断歩道のところで福岡ナンバーの車を待っていてくれたようだ。

 若い頃の面影はなかった、と言った方がいいか。
待ち合わせ時間は11時だったので、適当に歩いてランチができる店を探しながら色々話した。
 彼が私より9歳も下だったのはその時知ったし、ずっと独り身だったこともその時知った。

 2時間近く話しをして別れたが、今後は美作か福岡で会おうと再開を約した。30年間の空白を埋めるにはもっと話す時間が必要だが米子なら実家から2時間近くで行ける。
 断捨離なんてクソ喰らえ。まだ枯れるのは早い。今後も古きを訪ね親交を結んでいきたい。



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