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元ヘリ操縦士の陸上自衛官
吉野ケ里歴史公園に行った時のガイドの経歴も面白かった。
この時は案内をしてもらったわけではなく、出口に近い所で傘を被ったガイドらしき人が立っていて、その姿が絵になったので写真に撮りたいと思い、近付いて話しかけたのがきっかけだった。
例によって「吉野ケ里歴史公園のガイドになって何年ですか」とか「古代史に興味がおありで応募されたんですか」などと尋ねていると、「この近くの出身」で「現役の頃から興味があり、その頃からガイドもしていた」と言う。
一般的には退職後ボランティアガイドをする人が多いのに現役の頃からガイドをしていた人は珍しい。
それで「現役の頃は何をされていたのですか」と尋ねると「ヘリコプターに乗っていました」との返事。
民間ヘリの操縦士かと思って聞いていると「自衛隊です」と言われてビックリ。
「えっ、航空自衛隊?」
「いや、陸上の航空隊です」
「そういえば近くに自衛隊の駐屯地がありますよね」
「目達原(めたばる)です。全国あちこちの駐屯地に行きましたが、最後は地元吉野ケ里の目達原駐屯地で退職しました」
陸上自衛官かと思ったが「ヘリコプターの操縦をしていた」と聞き驚き、また興味を持った。
驚いたのは彼の背が高く、姿勢がよかったからで、なんとなく潜水艦や飛行機、ヘリに乗る人は小柄な方がいいのではないかと思い込んでいたからだが、ヘリの操縦士と会ったのは初めてだったから吉野ケ里遺跡の案内より彼の経歴の方に興味を持ち、例によって「いつ頃から吉野ケ里のガイドをしているのか」とか「ガイドになったきっかけは」「退職後は民間航空会社に就職しなかったのか」「ヘリの操縦は難しいのか」など色々尋ねると、相手も個人的なことまで含めどんどん話すものだから、短い時間ではあったが楽しいひと時が過ごせた。
それにしてもなぜ、民間飛行機会社にパイロットとして再就職しなかったのだろうか。民間航空会社の募集は多いはずだがと疑問を持ったが、ヘリの操縦免許では飛行機には乗れないのだと教えられた。
飛行機もヘリも同じだろうと思っていたが、操縦桿からして飛行機は車のハンドルに似た形なのに対し、ヘリはジョイスティックのような棒状と全く違うこともあり、ヘリの操縦免許では飛行機には乗れないとのこと。
のことのものを操作する操縦桿の尋ねるとするという話だったので、民間飛行機会社になぜ行かなかったのかとが湧き、その旨質問すると、飛行機とヘリコプターの操縦は違い、ヘリコプターの免許では飛行機の操縦が出来ず、飛行機に乗るためには改めて飛行機用の免許を取得しなければいけないらしい。
もちろんヘリコプターの操縦免許を持っていれば一から飛行機の操縦免許を取る必要はなく優遇処置があるとのことだったが。
飛行機とヘリではどちらの操縦が難しいかと尋ねると、彼によれば「ヘリの方が難しい」「ヘリの場合は多い時は両手両足を使い、さらに股の間に操縦桿を挟んで左右の旋回を行ったりすることもある」らしい。
その話を聞きながらオスプレイが落ちるのは、それほど難しいということかと思い、オスプレイの運転をしたことがあるかと尋ねると「操縦したことはないが、あれは難しい」。
オスプレイが目達原駐屯地に配備されたのはつい最近で、彼が現役の時にはまだ配備はされてなかったことに気付いた。
それにしても佐賀のボランティアガイドの方の経歴は2人ともユニークだった。
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