デル株式会社

 


 診察中に医師が発した「鬱陶しい」という言葉。


栗野的視点(No.743)                   2021年7月31日
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診察中に医師が発した「鬱陶しい」という言葉。
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 猫の額ほどの小さな小さな畑にドクダミが我が物顔で蔓延っている。その陰に隠れるように青紫蘇が生えている。手入れをしているわけでもなく放ったらかしにしているのに、毎年生えてくる。多い年は畑を飛び越えて庭一面に生えている。夏の間、その青紫蘇を色んなものに載せたり添えて食べている。

 帰省して最初にする仕事は庭と駐車場の草刈りである。駐車場といっても家一軒の跡地だから結構広い。これが道路に面しているものだから草ボウボウのまま放置しておくのは近所の手前もあるし、防災上もよくない。
 というわけで帰省したその足で、まず駐車場の草刈りをする。庭は植栽の内側にあり、道路から直接は見えないので、2日後くらいからゆっくり取り掛かる。

 以前はすべて手作業で草取りをしていたが、昨年、電動草刈機を買い、機械に頼ることにした。だが、庭の雑草取りは手作業。青紫蘇が庭にも一杯生えているからだ。
 庭には草枯らしなどの薬剤は一切撒かない。もちろん畳2枚程の畑にも薬剤は撒かない。小さな鍬を手に手作業で、青紫蘇を選り分け、ドクダミ、雑草だけを抜いていく。
 雑草を左手で掴み、右手に持った小さな鍬で掘り起こすようにして抜くわけだが、雑草に手を入れた瞬間、左手親指付け根の辺りに強い痛みを感じ、イタタタタッと手を押さえて後ろに飛び跳ねた。ハチに刺されたのだ。

 取り敢えずムヒを塗り、しばらく別のことをしていたが、1時間余り後に再び草取りを再開。すると今度は中指、小指に強い痛みを感じ、再び飛び跳ねた。
 よりによって2度も刺されるとは。アナフィラキシーショックのことが頭を過ぎった。3度目は危ないかも、と。生憎その日はもう夕刻だし、翌日からは4連休で医療機関も休み。まあ、そのうち痛みも減るだろうと我慢するしかなかった。後に分かったことだが複数のハチに同時に刺されたらしく刺し傷痕は5箇所も残っていた。幸い小さなハチだったからよかったが、スズメバチのようなハチだったら大事に至っていたかも。

 ムヒを塗りたくって一時収まったかに思えた痒みだが、1週間以上経った27日夕から急に痒みがひどくなり指が腫れてきた。直後ならまだしも今頃医療機関に行ってもせいぜい塗り薬程度をくれるのが関の山だろうと思いつつも、あまりの痒みに我慢ならず、診療開始の9時を待つようにして皮膚科に行った。

 市内唯一の皮膚科はいつも患者が多く、特に新型コロナのこの時期は待合室のイスをフィジカルディスタンスで間隔を開けているため中に入り切らない患者が外まで溢れ出ている始末。
 やっと順番が来て診察室に入り、ハチに2度も刺されたこと、今頃になって痒みが増してきたことなどを訴えるも結果は予想通りのステロイド入りの痒み止め軟膏と抗アレルギーの抗生物質を出して終わり。

 これで診察終了のはずだったが、そこから医師との会話が弾んだ。
「以前お袋が先生に診てもらったことがあったんです。私の住所は福岡なんですが、こちらが実家で、2拠点生活というか、頻繁に帰って来ています」
「福岡からだと2時間ちょっとですかね」
「車ですからどんなにしても7時間はかかります」
「それは大変ね。私は鹿児島なの。指宿なんですよ」
「そう言われれば分かります。鹿児島訛りがありますから。どういうきっかけですか、鹿児島から美作に来られたのは。大学は岡大ですか」
「東京女子医大なの。その時に主人と知り合って、こちらに来たんですけど。指宿と違って鬱陶しいね、ここは」

 鬱陶しい、と言われて田舎の人間関係かと思ったが、違った。
「山が迫ってくるでしょ。ここでもすぐ裏が山でしょ」
 と診察室の窓から見える裏山の方に顔を向けた。
「指宿の家は5分も行けば海ですよ。それは気持ちいいですよ」
「ああ、その気持分かります。山が迫って来るから、鬱陶しい、ね」

 久しぶりに九州の話ができると思ったのか、医師は話を止める風もなく喋り続けるので、逆にこちらが診察の邪魔をしているのではないかと気になり、「先生、こんな話をしていて診察を邪魔していません?」と話を切り上げようとしたが
「いいのよ。今日は患者さんが少ない方だから。ねえ」
 と若い看護師の方を見て同意を促す。
「この人も鹿児島なのよ」
「ここ、鹿児島の人が結構来るのよ。話をすればすぐ分かる、鹿児島の人は」

 それからも医師は話を止める気配はなく「実家が病院で、帰って病院を継がなかったから叔父にこっぴどく怒られた」「叔父親子が病院の跡を継いだ」「今は無理だがコロナが落ち着いた11月頃には指宿に帰って墓参りをしたい」「指宿の墓はどこの墓もいつ行っても皆きれいな花が供えてある、それは1週間に一度皆墓参りに行っているからなのよ」「海辺で育ったのに、兄弟従兄弟の中で私だけが泳げない、カナヅチなの。不思議よね〜」などと話し続けた。

 医師の子供の頃の情景が目に浮かぶように分かり、話を聞いている内に自伝でも書けるのではないかいうくらい面白かったが、診察待ちの他の患者や看護師が気になり、とうとうこちらの方から「先生、看護師さんがカルテを持って来られていますから、私はこれで」と話を打ち切って診察室を出た。
 それにしても話好きで面白い先生だった。「ここ(美作)は(山が迫ってくるから)鬱陶しい」という言葉に妙に納得しながらクリニックを後にした。




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