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 帝国が消滅し、世界は王国の時代に(2)
〜米帝国を延命させたソ連の存在


米帝国を延命させたソ連の存在

 それでもソ連の存在がアメリカを帝国でありつづけさせた。
資本主義社会対社会主義社会という構図の下に帝国アメリカは資本主義社会の盟主としての存在であり、一方のソ連は社会主義圏を守る「盟主」であろうとした。

 ただしアメリカが帝国であったのに対し、スターリンのソ連は帝国ではなかった、というか帝国たりえなかった。
 スターリンソ連は当時の世界情勢の下でソ連一国でも社会主義国家を守ることに重点を置き、革命の輸出、波及を望まず、むしろソ連一国が社会主義国として存在し続けるために各国・地域の共産党政権にソ連を守ること、ソ連に奉仕することを求めた。
 スターリンが主張した一国社会主義論だが、それを無碍に批判することは当時の世界情勢を考えればできないだろう。

 ここで帝国の定義をしておこう。
自国の領土を超えて広大な領土や多数の民族を軍事力で支配することだというのが一般的な定義だが、それだけで帝国とは呼べない。
 帝国が帝国足り得るためには軍事力による支配と同時に、それら諸国に自治を認めると同時に帝国は支配下の諸国・地域を庇護する「義務」を負う。あるいはそうした義務を負うことで初めて帝国と称される。

 スターリンのソ連は共産圏諸国・地域・勢力を保護する義務を放棄し、逆にソ連一国に奉仕するよう求めたわけで、これは今のトランプのアメリカと実によく似ている。

 帝国としてのアメリカはベトナム戦争の敗北以後崩壊し始めていたが、かろうじて帝国であり続けたのはソ連の存在があったからだ。
 アメリカが帝国の義務を放棄すれば資本主義国と社会主義国の比率は逆転するかもしれない。それだけはなんとしてでも防がなければならないし、それができるのはアメリカの軍事・経済力をもってするしかない。
 その思いがアメリカにあったから辛うじて帝国としての義務を果たしていたが、それは1985年にゴルバチョフがソ連書記長に就任したことで終わりをみせ始めた。

 ゴルバチョフはソ連体制の改革を目指しペレストロイカ(経済の立て直し、情報の公開、政治の民主化)を唱えた。
 これはケ小平が唱えた「改革開放政策」と似ているが、ともに守旧派の反対に合い失敗、あるいは死後に民主化は逆に中央集権化されたのは歴史の皮肉である。

 1991年末、ソ連が崩壊したことで東西冷戦時代は終わりを告げ、アメリカも帝国として守るべき相手が消滅したことで帝国の義務から解放され、これ以降、帝国の崩壊が急速に、あるいは徐々に進んでいくが、トランプの大統領就任によってアメリカは帝国であり続けることに終止符を打った。
                    (3)に続く


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