デル株式会社

 


掛かりつけ医が閉院する


栗野的視点(No.816)                   2024年1月13日
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掛かりつけ医が閉院する
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 この頃、店じまい、閉店案内がやたらと目に付く。人手確保が出来ずとか、諸事情によりとか書かれているのを見れば、それぞれに事情は違うのだろうと思うが、商店の場合はそれまでの客の入りを見ていれば額面通りの理由なのか、売り上げ減のためなのか、ある程度察しが付く。
 それにしても閉店、廃業、倒産、さらには「年賀状取り止め挨拶」まであり、まあそれぞれに事情はあるのだろうが、日本人特有の横並びという気がしないでもない。

 私的に困ったのはホームドクター、掛かり付け医の閉院。昨夏、医師から「来春頃に閉院する」と聞かされてはいたが、その時、期日までは口にされなかったが、今年、受診した時に尋ねると「3月30日まで」と告げられた。
 まったく予期せぬことではなく、1年近く前から休院日が1日増えていて、理由を尋ねると「この頃、先生もしんどいみたいよ」と看護師から教えられたから、いずれ閉院という日が来るかもしれないとは覚悟していたが、いざ、その日が間近に迫って来ると、路頭に迷うというか、大海に放り出されて波間に漂うような気持になる。
 このまま波間に漂い続けるのか、それとも救助のボートがどこからか現れて救けてくれるのだろうかなどと心細いことこの上ない。

 というのも私は30歳くらいの頃から浮気一つせず、その先生(女医)一筋に来ているから、彼女に見捨てられるとどこを頼ればいいのか分からずオロオロしてしまう。
 なんといっても彼女は私のすべてを知っているし、私も彼女の前では従順そのもので、「胸を見せて」と言われれば一切抵抗もせず服を脱いで裸に、いやいや正確に言えばシャツをめくり上げてだが、ベッドに横たわってきた。
 それをいきなり脱出シューターから飛び降りろと言う前に、もう少し助走時間を長く取って欲しいと思い、以前からお願いもしていた。

「先生、私が生きている間はやめないで下さいよね」
「あなた、私を何歳だと思っているの。もう85歳よ。やめてもいいでしょ」
「まあ、たしかにそうですけどね。先生が閉院されたら、私はどこにかかればいいですかね」
「その話は又にしましょう。まだ来年のことだから」
 そんな会話を交わしたのが半年余り前のこと。

 近くに内科は3医院程あるが、最も近くで同じマンションの住人達もかかっている医院の先生、ここも女医さんだが、年齢は私とあまり変わらないと思うが、腰がすっかり曲がり、随分年上に見える。先々のことを考えれば年齢的にもう少し若い先生の所にした方がいいかなと思う。
 もう1箇所の医院も同じ町内で、ここは2代目が跡を継いでいるから年齢的には言うことはないが、先代院長は知っているが2代目とは面識がないし、専門は糖尿病らしい。
 だが私には糖尿の気はないし、血液検査の数値からも「あなたは死ぬまで糖尿病にかからないわよ」と妙な太鼓判をホームドクターに押されているし、3か月に一度定期検査を受けている中央病院でも数値は全く問題ないと言われてきていることを考えれば、糖尿の専門医の所をかかり付け医にしなくてもいいかと思ったりする。
                                       (2)に続く


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