デル株式会社

 


人はなぜ幻影に怯え、判断を誤るのか。(1)
〜龍馬的発想も行動もなかった若い世代


 噂や影が実像以上に大きく見え怯えたり、逆に小さく見えて判断を誤るということはよくある。前者は誇大化、後者は過小化で、ともに実像をきちんと見ていないことから起きる現象である。こうした傾向、特に政界では相手を誇大化し、その影に怯えることがよくある。

恐れが影を大きく見せる

 例えば小沢一郎。「豪腕」「壊し屋」と呼ばれ、恐れられたり嫌われもした。相手陣営からそう言われる分にはプラスに働くが、味方陣営からではマイナスに作用する。結果、民主党政権は親小沢か反小沢かで分かれ、本来、外に向かうべきエネルギーを内に向け、やがて崩壊してしまった。
 組織は往々にして外敵との戦いより内部闘争で崩壊していく。しかも近親憎悪ほど厄介なものはない。小異を残しながら(捨ててではなく)大同に就く(大同小異)どころか、大同を捨て、小異をことさら強調していくものだから憎さ100倍、内向き感情ばかりが増していく。
 必要なのは内ゲバではなくコミュニケーション。ところが戦う相手と手段を間違えるものだから憎さ、それは往々にして恐れの裏返しでもある、が増し、内部闘争に生き残ることが全てのような錯覚に陥っていく。

 内部闘争の際に必ず行われるのがレッテル貼り。レッテルを貼り相手をタイプ化することで分かりやすくするわけだ。例えるなら血液型分類みたいなもので、A型だからこう、O型人間は○○とパターン化すれば何となく分かったような気になる。
 しかも貼られるレッテルは相手の実像ではなく虚像に対して。相手を恐れていればいるほど虚像は大きくなり、貼られるレッテルもそれに見合ったものになっていく。いわゆる影に怯えるというやつである。
 そして今度は創り上げた影を通して実像を見る。つまり影を実像に近づけるのではなく、逆に実像の方を影に近づける(実像を大きく見せるイメージ操作)から、実像が実体以上に大きく見える。そしてその「実像(実は影)」に怯えるわけだ。逆の場合は実像を必要以上に小さく見、相手を侮る。

 小沢一郎は敵からも味方からも、恐らくは多くの国民からも、そのように見られた。誰もが彼の実像ではなく虚像を見、彼ならやりかねないと、ある者は恐れ、ある人達は嫌った。
 前原誠司もそんな代表的な一人で、コミュニケーションより敵対を優先し民主党を分裂させ、さらに今回の衆院選では民進党を分裂させたわけだから、彼こそ「壊し屋」と言った方がいいかもしれない。ただ明確なビジョンも理念もなく目先の感覚で動くから、こういう結果になる。

 ついでに触れると、民進党解体・希望の党合流話の少し前、小沢一郎と会談した後に彼が次のような言葉を発しているのは面白い。
 「旧民主党政権の大きな失敗は人の好き嫌いで政治をしてしまったこと。親小沢と反小沢で党を割るような喧嘩をガチンコでしてしまったこと。それが大きな反省ポイントです。ある方を通じて小沢先生とお会いするようになり、何回も何回も食事をしたり色んな話をさせていただく中で、素晴らしいアドバイスを多々いただいた」
 どうしてそれを民主党時代にしなかったのかと思うが、当時の民主党政権はあまりにも幼すぎたということである。もちろん、その最たるものは前原だが、率直に反省した点はそれだけ成長した証しとも言えるが、何分気付くのが遅すぎた。

龍馬的発想も行動もなかった若い世代

 色々言われる小沢一郎だが個人的には彼の政治戦略は至って真っ当だと考えている。力がなかったのは周囲の人間で、小沢の懐に飛び込み、正面から彼と議論し、コミュニケーションを図る技量を持った人間がいなかったということだ。もちろん、それができるのは小沢が認めるだけの技量と力量がなければならないが。
 ところが悲しいかな当時の民主党政権の若者は教条的な「攘夷論者」ばかりで、勝新太郎も坂本龍馬もいなかった。
 その点は今回も同じで、互いに敵対し合っていた薩長を手を組んで倒幕に向かわせる橋渡しをした坂本龍馬が若い世代にいなかった。若い世代は相変わらずの「攘夷論者」で、龍馬の役を買って出たのが70代半ばの小沢一郎だったというのはちょっと情けない。
 その老兵、小沢一郎が共産党とも会談し、野党候補の一本化へと動いたのだから、よほど小沢の方が柔軟だし、龍馬的だった。

 薩長連合に向けて動いた前原誠司、いや彼の場合は公武合体と言った方が近いか、いずれにしろ付け焼き刃前原龍馬が小池百合子との間で「何回も何回も」話をし、コミュニケーションを深め、互いに確認をし合ったわけではなく、互いに目先の都合で手を結んだのが、「希望の(なき)党」への合流話である。
 都合のいい勝手な思い込み(ご都合主義)で、バタバタと決め、動き出せば後は何とかなるだろうと踏んだ両者が招いた結果だから、歳だけは重ねても相変わらず「大きな反省」も成長もなかったということだ。
                                            (2)に続く


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