福島、高市、小川、3人の女性トップに見る共通点と違い(3)
〜理性、理論から感情、感覚社会へ変化


理性、理論から感情、感覚社会へ変化

 最後にラブホ不倫で辞職し、再出馬で再選された小川晶・前橋市長。
小川氏の再選も高市フィーバーと近似し、女性性が女性層に支持された。本来、不倫には厳しいはずの中高年女性が支持に回ったのが大きかった。

 公務の打ち合わせで人の目が遮断されるラブホテルを利用したと弁明していたが、回数は10回を数える。
 誰が見ても立派な不倫密会であり、小川氏の言い訳を信用した人は恐らくいない。
 にもかかわらずなぜ彼女は再選されたのか。

 それには女性性が大きく関係していると考えられる。
もし小川氏が女性でなく男性だったらどうか。
恐らく女性たちから激しく厳しい非難の声が上がり再選はおろか、再出馬さえ難しかっただろう。

 不倫発覚直後は当然の如く女性たちから批判、非難の声が上がっていた。
それがいつの間にか非難から支持に変わっていったのだから不思議、というか時代の変化を感じさせた。

 時代の変化とは何か。
理性、理論から感情、感覚社会への変化である。

 従来の社会ならラブホテルに行っただけでアウトだろう。
それが10回もラブホテル利用となれば、どう言い訳しようが、誰が見ても不倫密会である。それも部下と。
 何度も言うが、これが男性市長(上司)で部下の女性とラブホテルで密会していれば一発アウトだろう。1回でもアウトになるが小川氏の場合は10回もだ。
 回数は重要だ。在任中、それも直近で10回となれば、どちらが誘ったのかが重要になる。ところがこの点、議会でもメディアでもあまり追求されていない。

 部下が誘ったとなれば市政に関わる重要な情報漏えいを期待して、ということもあるし、そのような意図はなかったとしても「寝物語りに」情報を漏らす可能性はある。
 昔から情報入手の手段として最も有効なのは「寝物語り」というのが定番だ。だからスパイ活動などでは今でもハニートラップが最強手段として使われているのだ。
 もし双方に情報漏洩、情報取得の意図はなかったというなら、性愛に溺れたということだ。
 一度性愛に溺れた人間は同じことを繰り返す可能性が強い。

 普通なら「こんな市長に市政を任せられない!」という反応が起きるのが当たり前だろう。実際過去の例ではそうなっている。
 ところが批判追及されているのが女性である。
 女性=弱い、悪いことはしないだろう、戦争には反対する。
こういった女性バイアスが働く。

 その結果、小川氏が虐められている、か弱い女性が男性議員やメディアから虐められている、ひどい、かわいそうだ、守ってあげなければ、という感情が働き、当初、批判していた中高年女性までもが守る側、支持に回った。

 社会が理論、理性でなく、ふわ〜とした感情、感覚で動く風潮はとても危険だ。
 かつて日本はこうした国民感情で日中戦争、太平洋戦争に突き進んだし、ドイツでも同じようにヒットラーのナチスに流れて行った。
 そのことは多くの人が知っているはずだが、知っているのは歴史で、だ。
すでに「戦争を知らない子供たち」は後期高齢者になっているし、団塊ジュニア世代も40代後半。それ以下の年代は大きな権力に立ち向かった経験はほぼないだろう。

 今、社会はふわ〜とした空気に包まれている。ふわ〜とした空気感の社会では理論・理性より感覚・感情が好まれる。
 ふわ〜としているから大勢に流される。あるいは流れに乗る。そこには自己決定という決断を伴わないから気持ちが楽だし、深く考えなくていい。

 必要なのは理性と激しい感情だ! と叫んでも、無視されるだけか。
いやな世の中になったものだ。

 最後に1点。高市総理は長く続かないのではという気が最近TVを見ていて感じる。当初の作り笑顔が消え、顔に疲れが見えてきたのが理由で、これは個人的な「感覚」でしかないが。
 


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