「今、福山(広島県)だけど、今日会いたいですね」
13時、福岡の友人、Y社長から突然電話がかかってきた。
「えっ、もう福山まで歩いて来られたんですか。でも、そこから岡山まで徒歩だと10数時間はかかるでしょうから、今日、岡山までは来れないでしょ」
「早く会いたいじゃないですか。福山から岡山までは列車に乗りますから」
かねて岡山に来られたら温泉にでも招待しますよ、と話をしていたので早速、湯郷温泉でホテルを探したが、その日は5月2日で日曜日。さすがに今日の今日ではどこも空きがない。
温泉は諦めてもらい岡山市内でホテルを探し、2人で同宿することにし、その日の夜は岡山駅近くの西川緑道公園を風に当たりながら散策した。
Y社長は私より3つ上で当時65歳。普段からジョギングやマラソンで鍛えた健脚を自慢しているわけでもないのに福岡から北海道まで歩いて行くのは無謀だから止めなさい、熱中症で倒れますよと何度か止めたが、北海道にいる娘と孫に会いに行く。夏は暑いけど春ならちょうどいい季節だからと強行した。
娘親子に会うのが目的なら飛行機で行けば済む。何も歩いて行く必要はないでしょうと止めたが、途中途中に取引先の会社もあるから、そこに寄りながら行きたいんです、と計画を諦める風がなかった。
恐らく何か悩むことがあり、しばらく会社を留守にしたいのだろうと何となく察したから、それ以上は何も言わず「岡山に来たら連絡してください。私が岡山に居る時だったら温泉に招待しますから」と伝えていたが、本当に徒歩で来るとまでは思っていなかった。
翌日は備前市の取引先会社に行き、そこからまた北海道を目指して歩き旅を続けると言うので備前市まで車で案内した。
その途中で大きな樹の上の方に咲く「藤の花」を見つけたのだった。そこは窯元の敷地だったようだが、大きな樹でよく目立ったから車を止めて2人で眺めていた。
備前焼窯元の女主人が顔を出したので「この花は何ですか」と尋ねると「桐の花です」と教えられた。
えっ、桐の花? 豊臣秀吉の家紋が桐の花だとは知っていたが、これがそうなのか、と感慨深かった。
後日、弟にこの時の話をすると「田舎育ちなのに桐の花も知らんのか」とバカにされたが、杉は身近に生えていたからよく知っていたが、桐の樹は身近ではなかったし、山で見かけた記憶はなく、この時が初めてだった。
以来、桐の花を見ると、Y社長と岡山で会った時のことを思い出すが、彼も昨年、鬼籍に入ってしまわれた。
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