「コロナ」が変えた社会(V)
〜世界は中国化していく(2)」


「帝国」になれない中国の覇権主義

 中国の覇権は今回のCOVID-19で急に始まったわけではない。それ以前から着実に進んでいたが、ここ数年、そのスピードを上げている。
 歴史上「帝国」と称される国はいくつか存在しているが、「帝国」とは軍事力の強大化を意味するものではない。言い方を変えると、軍事力が強大化すれば「帝国」なのかと言えば、そうではない。
 軍事力は必要条件ではあるが、十分条件ではない。真に帝国化するために必要なのは経済力で、それが十分条件であり、それなくしては帝国足りえないと言える。

 強大な軍事力を維持するためには、それを支える経済力がなければならない。また勢力を周辺地域に広く及ぼしてはじめて「帝国」と称されることからも分かるように、自国だけの利益を考えた国は「帝国」足りえないのだ。
 つまり勢力範囲内の国々と「共存共栄」の関係を多少なりとも築くことが「帝国」の維持に欠かせないわけである。
 例えばローマ帝国は軍事力のみで周辺諸国を従えたわけではない。征服した国には広く自治を認めたことが知られているし、交易を通して互いに潤う関係を築いていた。その関係が崩れた時、「帝国」の崩壊が始まる。

 第2次大戦後、アメリカが「帝国」となり得たのは国土が戦火の影響を受けず、戦後いち早く産業が回復したからだ。ヨーロッパ諸国の産業が壊滅的な影響を受ける中でアメリカは復興の後押しという名目で自国の産業製品、農業品の輸出を行い、勢力範囲を拡大して行った。
 その同じ過程を中国が辿りつつある。言い換えれば、中国はアメリカのやり方を忠実に真似ているのだ。

 では、中国はアメリカに代わる「帝国」となり得るのか。答えはノーである。中国、特に習近平のやり方を見ていると、覇権を推し進めて行くのは間違いないが、「帝国」にはなり得ない。
 というのは中国はトランプのアメリカ以上に自国1国の利益しか考えていず、相手国にも「恩恵」をもたらし、「共存共栄」の関係を築いていくつもりはないからだ。周辺国に軍事的圧力をかけ、経済的に従属させるのは覇権主義で帝国主義ではない。
 帝国とは少なくとも周辺国等から多少なりとも尊敬と憧れの目で見られる存在でなければならないが、今の中国は収奪することしか考えていない。

 習近平は「帝国」に対する理解が浅く、学んだのは表面的な事象だった。特に日本や欧米列強の清国に対する態度から多くのことを学び、当時、列強諸国が中国に対して行った悪名高き方法を、まるで歴史をなぞるように行っている。
 その一つが99年租借である。
例えば2015年秋、中国の「民間企業」嵐橋集団(Landbridge)はオーストラリア北部に位置するダーウィン港を99年リースする契約を北部準州政府と交わした。リース契約料は5億6000万オーストラリアドル。加えて2億オーストラリアドルを投じて港湾設備や周辺の整備をする。
 嵐橋集団は「民間企業」とはなっているが、中国の場合は少し意味合いが異なり、額面通りの民間ではない。同集団を率いるトップ、叶城理事長は「中国人民政治協商会議全国委員会」や「山東省人民代表大会」のメンバーである(本人の名刺の裏書きに記されている)ことからも、純民間企業というより党と軍のフロント企業と考えた方がいい。

 同じような租借地契約はスリランカとの間でも交わされている。同国最大都市コロンボの海岸を埋め立て国際金融都市を建設する計画で、リース契約期間はやはり99年。この新規開発エリアは「スリランカ国内とは異なる税制、法体系が適用される」と開発を担当している中国国有企業「中国港湾(CHEC)」の担当者が明言しているように、かつて中国が列強から押し付けられた不平等な租借地契約を、まるで仕返すかのように実行している。

 スリランカが中国と「租借地」契約を結ぶきっかけになったのは2004年末のインド洋大津波による被害。その際、いち早く手を差し伸べたのが中国だ。ここまでは「さすが中国。発展途上国への支援」という「美談」だが、そこで終わらないところが覇権主義の中国。
 港の整備のほか国際空港、高速道路の建設などを復興支援の名目で行ったのはいいが結局は借款。スリランカに残ったのは、そこから上がる利益ではなく重い返済債務。結局、その債務帳消しと引き換えに海岸租借を呑まざるを得なかったというのが実情。
 ここまで忠実に真似られると欧米諸国も過去の歴史への反省なく、一方的に中国を責めることはできないだろう。

 それはともかく今、中国は経済力をバックに世界各国に経済的侵略を進めているが、今回のCOVID-19の「パンデミック(世界的大流行)」が世界の中国化をより急速に進めるのは間違いない。
                                           (3)に続く


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