日本の製造業はなぜ衰退したのか(2)
〜モノづくり神話から脱却できない〜


 いつの時代、どの分野でも、新しいことにチャレンジするのは異業種からの参入組か、業界3番手以下のシェア下位企業である。業界シェア1、2位を争う上位組は「金持ち喧嘩せず」で、冒険しなくても既存分野をさらに堅固にすることで売り上げもシェアも確保し続けることができるからである。
 カメラ業界に当てはめてみれば、ミラーレスカメラという新しいジャンルを打ち立てたのはパナソニック、ソニーという家電業界からの参入組と、業界下位のオリンパスで、キャノン、ニコンのトップ2企業が参入したのはこの1年以内。今後、ミラーレスという新分野の成長が著しいと認められてからである。

 ミラーレスカメラが出た時、ヘビーユーザーの反応は(雑誌の提灯記事を除き)「あれは一眼レフカメラではない」と相手にしなかった。まあ、かくいう私もそうなのだが。老眼になってくると背面の液晶画面で合焦をきっちり確認しずらくなるのが理由でミラーレスを敬遠していたのだ。
 ところが3万円弱という価格に釣られて、先頃、ソニーのミラーレスカメラを買い、使ってみた。これが案外面白い。使えるのだ。バカにしていた写り(画質)の方も、最近の高画素指向の恩恵で随分よくなっていた。何にしても軽く、コンパクトな点がいい。

モノづくり神話から脱却できない

 いいモノが売れるとは限らない−−。すでに言い古された言葉であり、モノづくりに関わる者なら誰もがよく知っている言葉である。にもかかわらず、モノづくりの現場は「いいモノ」を作ろうとする。誤解がなきように言っておくが、「いいモノ」を作ることは悪いことでも、間違いでもない。「いいモノ」の中身が問題なだけだ。
 プロが求めるいい商品と、一般ユーザーが考えるいい商品はイコールではない。カメラを例に取れば、プロは画素数はそこそこで画質のいいものを求めるが、一般ユーザーは違いを高画素に求める(画素数でしか品質の判断ができない)。
 数を売ろうとすれば一般ユーザーに売れるモノを開発することになり、結果、画素数競争になっていく。これ以上、高画素なカメラを作っても日常生活では高画素メリットをフルに発揮する場面がないし、パソコンまで処理能力の高いモノが必要になり、ユーザーの出費はさらに増えることになる。
 もうこれ以上経費をかけられなくなり、消費者が商品を買わなくなって始めてメーカーは原点に戻るのだ。多機能を競ったかつての電子レンジ開発競争と似たことが相変わらずいろんな分野で行われているわけで、時速400kmで走るスポーツカーを作っても、公道は400kmで走れないから無用の長物となるのと同じだろう。

 ユーザーニーズという神話に捕らわれるとこうなるし、ユーザーニーズを読み誤っても同じようなことになる。ユーザーニーズという言葉は変幻自在な魔物みたいなものだ。
 ユーザーニーズの魔物に振り回されたメーカーは多いが、根本は「いいモノは売れる」というモノづくり神話から抜け切れていないことだろう。シャープやパナソニックもこの陥穽に落ちた。シャープは液晶とプラズマの競争に勝ち、さらに同社の高画質TVは「世界の亀山モデル」というブランドにまでなり、一時期TV業界を席巻しかけた。パナソニックはプラズマディスプレーにこだわり液晶ディスプレーへの切り替えが遅れたが、両者に共通しているのはTV事業に軸足を置いていたことだ。
 「世界の亀山モデル」は日本の製造業の模範だった。海外移転する企業が多い中で国内雇用を守り、工場をまるごとブラックボックス化して、技術流出を防いでいた。にもかかわらず、「世界の亀山モデル」がシャープ転落の原因となったのだから、なんとも皮肉な話である。

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