その頃、大学側も愛誠会・全共闘系の力の弱まりを感じ取り、評議員だけでなく教職員も参加して協議していた。当初の大学立法反対はいつの間にかウヤムヤにされ、むしろ立法化されたことで大学の正常化が彼らの主目的に変わっていた。
民青系の民主化行動委員会は大学と対立する組織ではなく、むしろ補完組織、組合活動でいえば経営側と共同歩調を取る第2組合のようなもので、両者は対全共闘で共同戦線を張り出していただけでなく、民主化行動委員会は大学側の意向通りに動く先兵的な役割を自ら担い出した。
大学側にとっては「一般学生」の総意に基づいてという言い訳が対外的にも通用するし、民青にとっても大学当局の後ろ盾を得た感じで活動がしやすくなり、双方が利害の一致をみたのだ。
7日午前10時、早速彼らは行動を開始した。理学部自然科学棟3階の数学科事務所兼図書室を占拠していた全共闘に対し、理学部長を始めとした教職員30人がマイクで退去を呼び掛け、1階入り口に集まってきた。
それを見た10人足らずの占拠組は人数的に不利と見、呼び掛けに応じ自然科学棟からスゴスゴと退去。もともと理学部に全共闘系学生は少なかったから、彼らはよく教室の占拠を続けていたと評価でき、彼らの退去を悪しざまに批判する声は全共闘内部で高まることはなく、むしろ今夜の法文館バリ封鎖占拠に向けて人数は分散より集中した方がいいと歓迎ムードすらあった。
午後1時、愛誠会・全共闘は集会を開催し、その場で全学バリケード封鎖を提案し、「異議な〜し」の声とともに決定。その後、ゲバ棒を担いで学内デモに移った。
(7)に続く
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