かつてベンチャー企業といえば急成長の代名詞だった。だが、いまは危うさの代名詞のようになりつつある。一時騒がれたIT系ベンチャー企業も次々に市場から姿を消し、残っているベンチャー企業にも一時の勢いは全くない。それを象徴するのがナスダックの日本撤退だろう。上場企業が当初予想の一割にも満たなかったのだ。福証に開設されたQボードに至っては上場ゼロである。 それにしても何故ベンチャー企業は倒産するのか。ベンチャー企業だけではない。今年に入って九州でもニコニコ堂、ソフトケーブル、段谷産業、日本食品、高木工務店と、業種を問わずほぼ全分野に渡って倒産企業が増えている。 このように会社を倒産させる経営者がいる一方で、倒産会社を再生し、以前以上に稼ぐ企業にした経営者もいる。一体、この差はどこにあるのかーー。
(ジャーナリスト 栗野 良)
リスク管理が甘いベンチャー企業の経営者。
チヤホヤされた挙げ句が破産。
「最近、私の所に来る経営者で一番多いのが資金繰りの相談だ。おかしいだろう」
こう憤慨するのは萬年浩雄弁護士。実は先頃、私が主宰するベンチャーサポート組織「リエゾン九州」の勉強会で萬年弁護士に講演をお願いした時のことである。開口一番、口を突いて出たのが冒頭の言葉である。それも道理だろう。税理士や公認会計士の所ならいざ知らず、弁護士事務所に資金繰りの相談というのはおかしい。しかし、逆に言えば、それだけ運転資金に困っている企業が多いということでもある。
萬年弁護士はアサヒコーポレーションの破産管財人の一人であり、数々の会社の破産管財人を引き受け、次々に会社を再生している腕利きの管財人である。「会社再生請負人」と言ってもいいだろう。それだけに「ベンチャー企業は甘い」「本来経営者の器でない人が経営者になっている。だから倒産するんだ」などと容赦ない。 「本来、経営者の器でない人」が会社を経営するとどうなるのか。一時はうまくいっているように見えても、数年後にはほとんど会社を倒産させている。うまくいったのは最初だけだ。 ベンチャーブームの頃、国は挙げて起業を促し、バックアップした。果ては大学までが学生ベンチャーの促成栽培を始めた。結果はいまさら言うまでもないが、なぜ、そうなったのか。それは何事に付け、始めるのは簡単だが、継続し維持することは難しい。ましてや発展させるとなるとさらに難しい。それなのに「始める」ことばかりを囃し立て、その先に待っているイバラの道を教えないからである。 木登りの名人は登る時より降りる時、それも地面まで後一、二bになった時に「注意しろ」「油断するな」と声を掛けるという。木に登っている時は本人が一生懸命しがみついているから大丈夫だが、降りる時は上まで登ったという安心感、慢心から心に隙ができ、注意が散漫になり木から落ちて大けがをすることがあると言う。木を事業に読み替えれば、ちょっと事業がうまくいけば、すぐ慢心してリスク管理を疎かにする経営者が多いということだろう。 「当時は天狗になっていましたから、諌言を素直に聞けなかった」 本稿後半に掲載している元ソフトケーブル社長、柴田健二氏も率直にそのことを反省している。
行政のおだては倒産への一里塚
私はかねてから「ほめ潰し」と言っているが、ベンチャー企業が潰れるのは行政やベンチャーキャピタル、金融機関が寄ってたかって、蝶よ花よとおだて上げ、本来は謙虚だった人を人間から「神」や「天狗」にして舞い上がらせるからである。必要なのはおだてではなく、現実を正視させることだが、諌言は耳に痛しで、いつの間にかそういう人を遠ざけ、気が付けば周囲には太鼓持ちかイエスマンしかいない裸の王様になっていたということが多い。 「台所の主婦がうまくいって、評判がいいから事業展開したらブワーと大きくなった。それでニュービジネスの旗手だともてはやされ、福岡の財界からもチヤホヤされて、気が付いたら破産しか残ってなかった」 女性をターゲットにした商品と店づくりが当たり、急激に店舗展開した挙げ句が、お決まりの設備投資過多による資金ショートを起こし破産。「ベンチャー企業の甘さ」を絵に描いたような倒産劇である。 大体、国や行政機関が関与した賞をもらったり、認定企業になったベンチャー企業から潰れている。ベンチャー企業は「あなたは素晴らしい」と言われれば「危ない」と言われているのと同じと感じるべきだ。
経営者に必要なのは義理と人情。
頭でっかちの二代目は失敗する。
「次に多いのが二代目経営者に関する相談」だと萬年弁護士は言う。 「顧問先の社長が来て『うちの息子に跡を譲りたいのだが、バカ息子で譲れん』と言う。そこで、さり気なく二代目と会って、『飲もうか』と言って話をすると、彼らはアメリカの経営理論、最新の経営理論などをワーと喋ってくる。その挙げ句に『我が社の従業員のレベルは低い。自分の高邁な理論を分かってくれない』とくる。ここは日本。まして九州なんだよ、と皮肉るんだが、その辺がどうも分からないらしい」 最近は議員もタレントも二代目ブームだが、二代目経営者には有名大学出の高学歴者が多い。中にはアメリカのビジネススクールを出てMBAを取得している者までいる。彼らは一様によく「経営学」を勉強し、部下ともフレンドリーな感覚で付き合っている。黙っていてもモノが売れるバブル期にはそれでも経営者が務まった。だが、消費低迷の不況期には「経営学」ではなく「生きた経営」こそが求められている。しかし、「上品なお坊っちゃん」の彼らには現場に降りていく勇気が欠けている。 「現場を知らない経営者はおかしい。皆さん、毎日、日計表を見ていますか。少なくとも週報ぐらい見ていますか」 と萬年弁護士は手厳しく一喝する。雪印から日本ハムに至るまで、一連の不祥事は現場を知らないどころか見たことさえなかったトップの下で引き起こされた。中小企業のトップがこれなら会社はとっくに倒産している。
絶対、地元の債権者に迷惑を掛けたらダメだ
ところで、前出の女性起業家。銀行から「萬年先生に相談しろ」と言われて来たらしいが、話を聞いた萬年弁護士はなぜ破産を勧めたのか。「債権者を守るため」である。 どうも乗っ取り屋らしき人物が動き、権利書から何まで全部取り上げられたようだ。 「なんでそうなったの」 「運転資金が足りないから、それを融資してくれると言うからありがたいと思って」 「どんなペーパーを書いたの」 「いろんな種類に書いたから何を書いたか分かりません」
「あんた、それでも社長か! 白紙委任状まで書いたのではないか」「はい」 結局、権利書まで全部取り上げられ、裸一つで追い出されたのだ。そこで「乗っ取られた」ものを全部剥奪するためには破産するしかない。「それが債権者に対するせめてものお詫びで、それをしなければダメだ」 と萬年弁護士は言う。 「絶対、地元の債権者に迷惑をかけたらダメだ。これをしたら再起はできない。よく言うんですが、ベスト電器創業者の北田会長も過去に会社を倒産させた経験があるでしょう。だけど、あの人がうまくいったのは絶対、地元の債権者に迷惑をかけなかったからだ。誠実に対応すると、取引先が必ず助けてくれる。一旦会社を潰して、個人屋号から始めていけば、また債権者が商品を卸で入れてくれる」
大事なのは義理と人情。
これが経営者の器を決める。
金融機関との付き合いのコツ
会社を倒産させる経営者がいる一方で、破産前より勢いのある会社に再建した経営者もいる。その例を二つ。
「A社の社長は工場と自宅が抵当に入っており、金融機関が抵当権を実行しようとした時、他の金融機関が抵当債務金額を融資しましょうと言ってきた。条件は萬年破産管財人の同席と言う。そんなことはありえないだろうと、支店長に会って条件を確認したら、依頼者の言う通りだった。それで社長に、10年か20年の金銭処理貸借を結ぶんだろうが、それを3年か5年で返して支店長の恩に報いろ、と言った。
気になっていたので、その後、社長に確かめると、3年で400万円返しました、と言う。この時の支店長はその後、常務になったが、昔は器が大きい支店長もいた。 この会社? 破産前より今の方が勢いがよくなっていますよ。金融機関との付き合いのコツは嘘を付かない、約束を守る。これに尽きる」
経営に王道はない 義理と人情が大事
もう一例は破産したパチンコ店を再建した30歳の次男B氏。
倒産前、このパチンコ産業の年商は16店舗で660億円。倒産の直接的なきっかけは韓国にカジノをつくらないかという詐欺話に騙されたためだが、急速な店舗展開による設備投資増が原因。最初は他の弁護士が和議手続きを進めていたが、相談を受けた萬年弁護士は和議を取り止め、再建型任意整理に切り替えた。この段階で、社長、専務は首。代わりに次男を社長に、三男を営業本部長に据えた。 「この会社の再建を通して、B若社長が経営者に値すると思ったことがある。それは何かと言うと、債権者に出す挨拶状に『C家のためにもこの条件を飲んで欲しい』と書いたら、Bが『先生、C家≠ニいうのを削除して欲しい。代わりに従業員と地域経済のために≠ニ変更してください』と言う。理由を尋ねると『先生、田舎ではパチンコ屋の従業員は再就職できません。経営者として従業員の生活は確保しなければいけないでしょう』と答えたのだ」
現在、この会社の年商は7店舗で440億円。破産前に比べてはもちろん、同業社内でも九州一の生産効率を誇っている。 「経営者の器は義理と人情があるかどうかだ。従業員を大事にしない経営者に誰が付いてくるか。金融機関にしても、社員にしてもそこをしっかり見ている」 「経営に王道はない。ベンチャービジネスだろうが、二代目だろうが王道はない。義理と人情だ」
半年早く相談に
最後に萬年弁護士から指摘されたのが「相談に来るのが半年遅い」という点と「破産するにも金がいる」という点。 「真面目な人ほど子供の貯金箱まで崩して、万策尽きて弁護士のところに来ている。僕のところに来るのが半年遅い」 「破産するのにも金がいります。民事再生法を申請するのにも、少なくとも三カ月から半年はかかるんだから、その間の運転資金をストックしておかないと、ニューマネーは入ってこない。だから、早く相談に来いと言っている」 人は成功からより、失敗からの方がよく学ぶもの。目先のちょっとした「成功」に浮かれている間に足元に大きな穴が開きつつあることを忘れないようにしたい。
ソフトケーブルが破産した理由。
元ソフトケーブル 社長 柴田健二氏
リスク管理の甘さから 1億円の欠損を招く
「昨年12月にはまだ資金も1億円以上ありましたし、利益もあり、売り上げも倍近くいっているという状態で、非常によかったんです」。
それなのになぜ破綻したのか。破綻の直接の原因は、東京で7,000坪ほどの物流センターのシステムの仕事を請け負ったのですが、納品したシステムに満足できないと言われ、1億円近い仕事だったのですが、結局、入金が3,600万円しか入らなかった。ところが、経費は1億5000万円以上かかっていたので、この仕事だけで1億円の欠損が出てしまいました。たった一つの仕事の引っかかりで、それまで順調だったのがあっという間に破綻です。 これが直接的な原因ですが、そこに至るまでにやはり色々反省する点がありました。一つは、リスク管理が非常に甘かったということです。あまりにも大きなシステムだったので、こちらの技術者の対応の問題もあったし、システム全体の危険性もありました。だが、金額が大きかったので、やり遂げれば飛躍のチャンスという誘惑に、結局、負けたわけです。いままでもなんとかやってこれたから、今回もなんとかなるだろうと甘く考えたんですね。 ある意味、リスクがあるのは当たり前で、それに挑戦してこそベンチャーだ、という考えもありました。しかし、成功とリスクを五分五分でやると、過去の経験からいっても、三、七の確率で失敗しますね。どうしても人間は自分に甘く考えるから楽観論が占める。自分で七、三と思えば、実際は五分五分。八、二で六、四から七、三。自分が思った二つぐらい下が本当、というのが実際の思いです。
スピード経営は 倒産の確率も上げる
もう一つは、大きな仕事をして飛躍したい、という考え自体が問題だったと思います。スピード経営でいくんだという考えが先走り、リスク管理が甘くなりました。
一つの仕事で自社の売り上げの3割〜5割も占めたらダメだというのが実感です。よく言われるように、一社の比率を10%以内に収めなさいというのは本当にそうだと感じています。10%だと失敗しても大丈夫ですから。 大きな仕事を受注すると一見よさそうに思えるが、それが最大の落とし穴ではないかと思う。やはりコツコツとやらなければいけない。一発勝負をかけると失敗する確率の方が上回るような気がします。 アメリカ流のスピード経営といわれるが、やはり社内体制を育てるのに時間がかかります。じっくり行った方がチャンスがあると思いますね。スピード経営は倒産の確率を高めるだけです。 皆さんもそうだと思いますが、事業計画をきちんと立てて進むわけですが、いつの間にか事業計画に実体が振り回されてくるわけです。実際の経営では計画通りに行くことはほとんどありませんよね。ところが、資金が集まってくると自分でもいけると勘違いしてきます。実体と外部の評価が乖離していくんですが、それに気づかない。ベンチャーはともすれば情熱で突っ走ろうとするが、現実をきちっと見る必要があるというのが実感です。 |