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資本金1億円を集めたシルバーベンチャーの「担保」は人柄(2)
 
〜信用担保は経営者の人柄


信用担保は経営者の人柄

 ここで疑問が生じるのではないだろうか。毎月数千万円の赤字垂れ流しならとっくに倒産していてもいいはずだ。よく資金ショートしなかったものだ、と。
 金融機関が融資してくれたのか。それはないだろう。「雨の日に傘を取り上げ、晴れの日に傘を差す」銀行が、創業以来赤字続きのベンチャー企業に金を貸してくれるはずはない。
 では、ベンチャーキャピタルが投資したのか。それもないだろう。キャピタルゲインの見込みがない所に投資するベンチャーキャピタルはいない。黒字化した現在ならいざ知らず、少なくとも当時のW社に投資するところはなかった。

 ベンチャー企業に限らず、多くの中小零細企業が行き詰まるのは資金ショートである。どんなにユニークなアイデアや優れた技術があってもカネがなければ、カネの都合が付かなければ一巻の終わりだ。
 人は夢にはカネを出さない。夢を実現する手立てやシステムが存在してはじめてカネを出すのだ。逆の言い方をすれば夢を語れない経営者はカネを集められない。
 S氏はどうだったのか。記念パーティーの席上、挨拶に立った参加者が次々に口にしたのは「こうしたいんだという夢をよく語られていた」という言葉。この言葉を聞けば多くの人がS氏の夢には共感していたということだ。

 結論から言えば、S氏は1億円前後の資金を集めたのだ。増資である。いまならクラウドファンディングという手もあるだろうが、当時はまだそういう言葉さえなかった。結局、多くの人達がするのと同じように友人、知人から出資を募ったわけで、その出資金で持ち堪えたというわけだ。
 注目すべきは1億円という額だ。出資者の人数が数人なのか数10人なのか、もう少し多いのかは別にして、S氏の夢の実現性にカネを出した友人、知人がいたということである。
 彼らは何を信用してS氏に出資したのだろうか。私はS氏の人柄だろうと思っている。株式上場前後なら明らかにキャピタルゲイン目的で出資する人が増えるだろうが、それが視野にも入っていない段階、赤字続きの段階で出資しようとするのは最悪の場合、カネをドブに捨てるのと同じことを覚悟しなければならない。そこまでのリスクを冒してでも、頼まれれば出資したわけで、そこにはなんらかの裏付けがあったはずだ。その裏付けこそS氏の人柄だったに違いない。少なくとも私にはそう思えた。

 これはS氏に一貫していることだが、いつもにこやかなのだ。「いやあ大変なんですよ」と大変そうな顔一つせずに言う。だから、こちらも多少厳しいんだろうなぐらいの感覚でしか受け取ってなかった。
「もし代わりにやってくれるところがあれば、この際事業を売却しようかと思っているんですが、どこかありませんかね」
 にこやかな顔で淡々と言われた時も、やはり大きな組織にいた人は動かす金額が小さいことに満足できないのだろう。適材適所ということもあるし、事業の身売りもいい決断かもしれないと、こういう仕事に興味を持ちそうな相手を探し、引き合わせたこともあった。
 数字を見ればかなり深刻な状況だったのだろうが、淡々とした話し方はいつも変わらない。事業身売りの相談を受けた、この時でさえ半分冗談ぐらいに受け取っていた。だからある部分では気軽に相手を探すこともできた。

 夢を熱く語ったり、立て板に水のように将来像を語るタイプも多い。その情熱が人を動かすとも言われるが、そういうタイプの話は概して実像以上に膨らんでいることが多い。喋っている間に自分で自分の話に酔ってくるからだ。
 S氏の喋り方はこうしたタイプとは正反対で、淡々としており、どこか楽観的だ。「なんとかなる」。そんな印象を相手に与える。父性より母性に近い安心感と言ったらいいだろうか。
 この人柄こそS氏の「担保物権」だったに違いない。


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