お節介は嫌われる、らしい。(2)
〜現代版姥捨て山


そちらはどなたですか?

 要らぬお世話は嫌われるかと感じつつ、それでもお節介焼きだから、ついつい声を掛けてしまう。
 2年前まで月に1回程の頻度で会い、話をしていた友人の会長が膝の半月板の損傷から歩きが衰え、外出が遠のき、ベッドで横になっている時間が増えるにつれ、認知症の気が出てきた。

 家に籠もり外出が減ると会話をする相手も、会話の内容も少なくなり、発する単語も減ってくる。TVのお守りやスマホ、タブレットで動画を見る生活では刺激がない。発する言葉も少なくなれば口の筋肉が衰え、口の端から言葉が漏れるようになり、発音が不明瞭になってくる。

 友人の会長がそういう状態になりつつあった。それでもデイサービスに通いだしてからは言葉に明瞭さが戻って来たので少し安心していたが、3月の初めに電話がかってきて、いきなり「そちらはどなたでしょうか」と聞かれたのには参った。
 こちらから電話したのなら分かるが、自分の方から電話をかけてきて、「そちらはどなたですか」はないだろう。そこまで認知症がひどくなったのかと心配になったが「栗野ですよ。久し振りですね」と大きな声で返事した。
 「えっ、編集長?」と、少し安心したような声になった。彼は私が某誌の編集長時代に知り合っていたから、以来、私の呼び名は「編集長」のままだ。

 ともあれ、たどたどしい喋り方ながら少し様子が分かった。本人が「入院しています」と言うからどこかの病院にいるらしい。だが、病院名を尋ねても場所は言うが病院名を本人が知らない(聞いても忘れている?)風で、答えられない。これでは見舞いに行くことも出来ない。

入っている所は刑務所?

 気になったのは、会話中に3度も「刑務所に入っているみたいなものです」と言ったことだ。刑務所ではないと分かってはいるが、「刑務所にいるみたい」という形容の仕方に引っかかった。
 それは自由が効かない、強制的に入院させられている、誰も面会に来ない、ということを意味しているからだ。

 「刑務所」に近い入院施設と聞いて頭に浮かんだのは精神病院だ。まさか精神病院に強制的に入れられたのではないだろうか。厄介払いのため精神病院に本人の同意なく強制入院させられた例は散見する。まさかとは思うが、家族にそんな目に遭わされているのではないだろうか、と心配になった。

 それからしばらくして再び彼から電話があった。そしてまた「そちらはどなたでしょうか」と尋ねられた。
 なぜ、相手が誰かも分からず電話してくるのか分からなかったが、要領を得ず断片的な話から次のように状況を推測した。
 理由は不明だが、新しいケータイを息子から渡された。
その時、電話帳が移されていないから、名前が表示されない。
着信履歴を見て、私に電話をかけてきた。

 こうしたことから本人は「病院」のスタッフ以外の誰かと、いつもとは違う会話をしたがっている、寂しいのではないかと考えた。
 見舞いに行きたくても病院名が分からなければ行けないが、本人に尋ねても病院名は「分からない」としか答えない。
 ただ、その日は電話中に他の男性、恐らくスタッフらしき人の声が聞こえたので電話を代わってもらうように伝え、病院名を尋ねたが「自分では教えられない」と言われ、ますます秘密めいたものを感じたが「施設長なら答えられると思います」と言うので、後ほど私の番号に電話してもらうことにした。

 電話を切った後、会長の会社に電話して入院先を尋ねてみた。息子が社長になっているし、総務に古くからいる女性は私のことを知っているから、見舞いに行きたいと告げれば病院名くらいは教えてくれるだろうと思ったからだが、彼女は病院名までは知らない様子で「社長に伝え、電話してもらいます」との返事。
 しかし、それから何日待っても息子から電話はかかってこなかった。余計なことはするなということかもしれない。

 ただ、その日のうちに施設長からかかってきた電話で、施設名と住所、状況が分かった。
 本人が「病院」と言っていたのは有料老人ホームだったのだ。面会禁止だったが「コロナ」が5類になった5月8日から予約制だが、月に1回30分のみ面会が可能になったらしい。
 月に1回だけしか認められなければ、その1日の面会日を私が使うわけには行かない。行くとすれば会長家族に同席させてもらうしかないが、息子から連絡がない以上それも難しい。

 一緒に住んでいるパートナーも、自分の息子も、彼を施設に入れっぱなしで、見舞いはおろか電話さえもしていない風で、「刑務所にいるみたいなもの」と話す彼のことを考えると悲しくて泣けてきた。
 要らぬお節介をするな、ということだろう。自分のことしか考えない身勝手な人間も増えてきたように感じる。殺伐とした社会だからか、犯罪も殺伐とし、一片の同情の余地さえないものが増えている。未来に希望はあるだろうか。そうあって欲しいと思うが、悲観的にならざるをえない。


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