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グローバルとローカル〜飽和時代の商品欠乏化(2)


福祉タクシーに相乗りし、買い物に行く人達

 問題はこうした傾向に歯止めがかかるのか、歯止めをかけられるのかだが、国も市街地商店街活性化や大型店の立地規制などの施策を打ち出してはいるが、いまだ大した効果は表れていない。それでも都市部の方はまだなんとかなるだろうが、問題は地方だ。過疎地に出店する商業施設はもちろんのこと商店でさえないのが実状だ。
 では、どうすればいいのか。
地方居住者は自給自足の生活で我慢しろというのか、都市部の高齢者はタクシーで買い物に行くしかないのか。それでは地方定住者はますます減少し、都市部の孤独死は今後も増える一方だろう。

 以下、地方のいくつかの実例を報告しよう。
 岡山県北の地方都市に住む母は足腰が弱り一度に100mも歩けない。
もちろん、買い物に行きたくても町に一つだけあったスーパーは10数年前に倒産してなくなっているから、買い物に行きたくても行く先がないのだが。かといって近くにスーパーが全くないわけではない。ただ、そこまで行くには車かバスに乗って行くしかない。
 その離れたスーパーのチラシが新聞折込で入る。母はそうしたチラシに一瞥をくれることもない。「こんなものは見ません。どうせ見ても買いに行くことはできないんだから」と独り言を言いながら、そのまま捨てている。
 結局、生協の配達に頼るしかなく、熱心に生協のパンフレットを見て注文している。かといって別にそれが楽しみではない。そうしなければ食物の確保ができないから、そうしているだけである。車を持たず、離れた場所にあるスーパーまで買い物に行けない人達はおそらく似たようなことをしているに違いない。
 それでも取り敢えずは生協のお陰で魚も肉も食べられる。ただ、好きな刺し身や生物を食べられないのが母にとっては不満なようだが。

 中国山脈の麓に位置する蒜山に行った時のことである。畑仕事をしているのは70歳前後の人ばかりだった。その内の一人に話しかけてみた。
「見かけるのはお年寄りの方ばかりですね。お店もなさそうですし、皆さん買い物はどうされているんですか」
 答えてくれたお年寄りは77歳だと言っていたが、地域に1軒だけ残っていた店も何年か前に廃業し、いまは道の駅かうどん屋(ちょっとした食品も売っているようだ)まで福祉タクシーに何人かが相乗りして行くのだと教えてくれた。しかも行く曜日は部落毎に決めているそうだ。

 3つめはベンガラで有名な岡山県の吹屋地区に行った時。
観光客相手の喫茶店や土産物店はあったが、食品などを売っている店を見かけなかった。生活品の購入はどうしているのだろうと思っていると、島根ナンバートラックがやってきて魚やパンなどを売り出した。
 聞くと、週に一度島根県から行商に来ているという。以前は同じように車で肉を売りに来る人もいたが、いまは魚を売り来るトラックだけになってしまったと、吹屋で長年パーマ屋さんをやっていた82歳の女性が教えてくれた。子供は岡山市内に住んでいるという。

 話しかけると、地方のお年寄りはよく会話に応じてくれる。こちらが話を切り上げない限り、都会の人間のように先方から話を打ち切るということはほとんどない。純朴だから、人がいいから、など色んな言い方をされるが、会話に飢えていることも大きな要因ではないかと考えている。
 そのことは私の母を見ていても感じる。いつもは1人か2人で、会話の少ない生活をしているから、目新しい人に会うと話を聞いてもらえるから楽しいのだ。いつも一緒にいると、その話は何度も聞いた、とうるさがられることが多い。ところが外部の人、目新しい人、たまに会う人は耳にする話が新鮮だから興味を持って聞いてくれる。それがうれしいのだ。

 以上の例のように、地方は買い物に難渋しており、その状態は今後改善されるどころか、ますます悪化するに違いない。吹屋の例のようにトラックで来ていた行商人も年をとったり病気になると、ある日突然やって来なくなる。それ以前に費用対効果が合わないと思えば配達エリアを変えるかもしれないし、商売そのものをやめるかもしれない。

                                                  (続く)


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