建築家・磯崎新の訃報に接して思い出す事々(2)


 これがきっかけになり、以後、建築により興味を持つようになったが、この時に伊東豊雄(八代市立博物館の設計)、妹島和世(再春館レディースレジデンス)、石井和紘(清和文楽館)、象設計集団(球磨工業高校伝統建築コース加工組立室棟)、山本理顕(県営保田窪第一団地)、安藤忠雄(県立装飾古墳館)を知り、彼らの作品を間近に見、設計思想を知ることができたのは後々大いに役立った。
 とはいえ中には首を傾げたものもあり、石井理顕氏の県営住宅は設計思想は大いに理解できたが、地方都市熊本にこれが合っているか、県営住宅の入居者が喜ぶかと言えば「ノー」というのが率直な感想だった。
 自然も少なく、見知らぬ人から子供を守らなければならない大都会・東京では必要とされるし喜ばれるだろうし、幼稚園などの建築物としてはいいと思ったが、それを地方都市に建設するのは地域環境を無視した建築家の自分勝手な思い込みに過ぎない、と。
 入居者を捕まえて住心地について聞いてみたが、案の定不評だった。入浴するのに渡り廊下を歩き、外気に曝されて行くことに彼らは何の意味も見出さなしていなかったし、逆に不便で使い勝手の悪さを感じていた。まあ、私だってそんな部屋に住みたいとは思わなかったが。

 安藤忠雄氏の県立装飾古墳館も設計思想は理解できたし、古墳館に至るまでのスロープも納得でき、よくできているなと感心したが、畑の中にいきなり出てくるコンクリートの打ちっぱなしの建造物には違和感を覚えた。
 中で仕事をしている職員に意見を聞くと、雨の日や梅雨の湿度が多い日はコンクリートの壁面に水が滴り落ちてくるし、壁面にはポスター等の掲示物を貼るなと言われているので使い勝手が悪いと、これまた悪評だった。

 清和村に行くには少し距離があったが、思い切って足を伸ばした。ここは象設計集団の球磨工業高校の教室同様、木をふんだんに使った建物で、文楽館周囲の景色を借景として取り入れた石井和紘氏の設計で、これは感動した。
 文楽館館長に取材し、石井氏とは事前にどのような話をしたのか、なにか注文めいたことはしたのかと尋ねると、「周囲の風景に馴染む建物」「地元の木を使うこと」という条件を村長が出し、この2点は絶対譲れないと言い、石井氏も現地に来て、見て、村長と打ち合わせをし、「この景色を借景として取り入れましょう」という話をされたとのことだった。

 象設計集団は個人的に好みで、彼らの手になる沖縄・名護市庁舎は一度見たいと思っていたが、3度めの沖縄旅行の際にわざわざ名護市庁舎に寄るコースを作り、そこで小1時間見て回ったことがある。まだ磯崎氏が沖縄に移住する前のことだ。

 話が磯崎氏から少し逸れたが、話を磯崎氏に戻そう。
岡山県と兵庫県、鳥取県境の奈義町に磯崎新氏がプロデュースした奈義町現代美術館がある。
 奈義町には失礼だが、こんなド田舎の町の美術館設計を磯崎氏がよく引き受けたものだと思う。どのような経緯(いきさつ)で建設されたのかは知らないが、奈義町がこの建築の価値を十分に活用しているとは思えなかった。
 もしかすると町民は磯崎新氏のことを十分理解していないのではないかとさえ思える。それとも地方の人はPRが下手なだけなのか、磯崎氏の建築がこんなド田舎(何度も言って申し訳ないが)にあることを誇ろうとしないのは地方の謙虚さ故なのか。

 個人的には同美術館1階に常設展示されている彫刻家、宮脇愛子氏の作品(空間)が好きだ。宮脇氏の代名詞とも言える「うつろひ」シリーズの1つで「大地」と名付けられているが、その前に腰掛け、じっと眺めていると、禅寺で座禅を組んでいるような、静かな、贅沢な時間が過ごせる。



 宮脇愛子氏は磯崎氏の伴侶で、既述したように2014年8月に亡くなっている。磯崎氏の作品と宮脇氏の作品が同時に鑑賞できるところが他にあるのかどうか知らないが、奈義町現代美術館は両氏の作品を同時に観ることができるため、もう少し注目されてもいいのではと思うが、奈義町がその辺りを全面に打ち出し、PRしたという話も聞かないのは少し残念だ。

 2019年、磯崎新氏が建築家のノーベル賞にも例えられるプリツカー賞を受賞した。その翌年、奈義町で一度会ったことがある議員に電話して「磯崎氏のプリツカー賞受賞を記念して奈義美術館では企画展のようなものをしましたか」と尋ねた。
 「すればよかったんですが」という言葉が返ってきた。そして今年1月、お節介だとは重々承知しながらまたまた電話をした。
「昨年12月下旬に磯崎さんが亡くなられましたが、回顧展のようなものをする計画はありませんか」と。
 その時は地方選の真っ最中だったようで、選挙が終わり当選すれば町長に提案したいと思う。恐らく現職が再選されると思うし、私も通ると思うから、と言っていたが、果たしてどうなるか。
 せっかくの材料があるのに、それを生かしてタイムリーに企画を実施しないのはなんともモッタイナイと一人歯痒い思いをしている。


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