デル株式会社

 


治療を勧めたがる医師の本音


 医師の性格にもよるのだろうが最近の若い医師は結構フランクで、話しかければ色々答えてくる。何度も会ううちに本音もついポロリと出てくる。

 前立腺ガンと診断されてから来月で1年。その間、医師からは3か月に一度検査に来るようにと言われていた。だが、進行スペードが遅いと言われている前立腺ガンで3か月に一度のサイクルで検査する必要があるのか疑問を感じていたこともあり、8月の次の11月は勝手に飛ばした。それには腫瘍マーカー(PSA)の数値がその前に比べて若干下がっていたこともある。
 とはいえ一応、病院には電話をして予約を今年2月に変更してもらうように頼んだ。「3か月に一度は検査しないと」。電話を受けた看護師から少し詰(なじ)るような口調で言われたが、「近くのホームドクターのところで検査するから」と言うと、「では、次回検査に来られる時、その時の検査データを持って来て下さい」と念押しされた。

 11月の検診を飛ばした理由は他にもあった。福岡市は10月を前立腺ガン検診月間と定め、泌尿器科だけでなく他の診療所でも簡単に検査を受けられるようにしている。そして推進月間中は1000円で検査できるのだ。
 それなら診察時間より待ち時間の方が何10倍も長い大病院で検査を受けるより、近くの診療所でいいではないかと考えた。どうせ血液検査でPSAの数値を計るだけなんだから。

 前立腺ガンの腫瘍マーカーにPSA数値が使われるようになって前立腺ガンが発見しやすくなったのは事実だ。しかし、それにはメリット、デメリット両面がある。いまWHO(世界保健機関)などからも日本の医療機関は検査をし過ぎと指摘されているのはご存知の通りで、特にレントゲン検査は多すぎると指摘されている。病気の発見に繋がるメリットがある反面、検査で放射線を浴びるデメリットがあるからで、日本の医療機関はデメリットを軽く考えすぎている、と。
 60代以上の人間はなにかあればレントゲン撮影をするのが当たり前という時代の中で育ってきたから、最近になるまでレントゲン撮影に何の疑問も感じていない人が多いかもしれない。また医師は立派な人という思い込みもあり医師に言われるがままに従う人も多いだろう。

 そこにもってきて「早期発見、早期治療」の効用がずっと謳われてきた。だが日本の医療の場合、「早期発見」と「早期治療」は同列ではなく「早期発見」の方に重点が置かれているように感じる。「早期治療」という場合も「治療」より「早期」の方の順位が高いように感じるのは私だけだろうか。

 いずれにしろ、こうしたことが相まってガン治療は早期発見・早期治療が最善と言われている。そのことに異議を唱えるつもりはないが、その「常識」が治療法の開発を遅らせてはいないかと危惧しているのと、もう一方ではそれほど悪さをしないガンでも治療をしてしまう傾向があると、最近になって医学界でも言われだしている。
 悪さをしないガンとは、そのまま放置していても他の臓器その他に転移もせず、寿命に影響を与えないガンのことである。
 にもかかわらず外科治療やホルモン治療をすれば、その分、健康な細胞を傷つけたりする。

 もう1つはガンの告知を受けた患者の精神的負担である。ガンと知らなければ、そのままそれまで通りの生活を続けているのに病気だと知らされれば治療をしなければと考えてしまう。
 仮に「今頃はいい治療法がありますから、心配することはありません」と言われようと、心穏やかというわけにはいかないだろう。

 3つ目は経済的な問題である。カネの出所が個人の財布からであれ税金からであれ、検査、治療に経費が必要なのは言うまでもない。本当に必要なものは出さなければならないが、そこまで必要性が認められないものにまで検査、治療に誘導するのは少し考え直すべきだろう。

 病院が人を病気にする−−落語か漫才などで言われる笑い話のようなはなしだが、案外的を射ている。一度病院に行けば次から次へと検査され、何らかの病名を付けられ薬を処方される。すると途端に病人になったような気になる。入院でもすれば心身ともにもう完全に病人になってしまう。1、2週間も病院のベッドで生活すれば筋肉は退化し足元が覚束なるどころか、一気に認知症が進んだという話はよく耳にする。

 かくして病院が病人を生み、医薬産業にカネが入り、個人・国の財布からはカネが出ていく。それに加担しているのが多すぎる健康診断だとは言わないが、血液検査で簡単に、しかもガン発見精度が高くなったPSA検査がこうしたことに無関係とは言えないだろう。

 まあ、そんなことも多少あったが、2月の検診は病院で行った。最初に採血、次にエコー検査と採尿。そして医師の面談で2時間半。
 PSAの数値は期待に反して上がっていたのはちょっとガッカリだったが、担当医とはもう顔馴染み。先方もこちらの意向が分かってきたようで次のような会話が行われた。
「エコー検査の結果はですね」
「腎臓に結石が認められたんでしょ。前から言われているんです」
「そうですね。いまのところ問題はないでしょう。PSAの数値は○○です」
「前回よりちょっと上がっているな」
「PSAの数値はあくまで目安で、正確に判断するには生検をする必要があります」
「いやあ、生検はもう。生検リスクもありますから」
「そうなんです、感染するリスクもありますからね。あまり積極的な治療はしたくないと言われていましたよね」
「治療を全く拒否しているわけではないんですよ。先生たちの立場もよく分かりますよ。医師にすれば何も勧めない訳にはいかないでしょうから。ただ、PSAがこの数値ならまだいいんではないかと思っているということです。数値が2桁になった時は積極的な治療を受けますから」
「そうなんです。なにも勧めなかったと後で責任を問われると困るからですね」

 医師の本音はこれである。責任を問われると困るから、早めの治療を進めるわけで、そこには患者の「生活の質(クオリティ・オブ・ライフ)」をどう守るかということは二の次のような気がする。
 さて、これからこの医師とどう付き合っていくか。あまり気を許して、こちらが一切の積極的な治療を望んでいないと思い込んでもらっても困る。多少の緊張感を持ちながら診断してもらうためには、やはり患者側が病気や治療法に対する知識をどれだけ仕入れていくかということだろう。
 医療費削減圧力は今後さらに増していき、自治体主導のPSA検診等の健康診断は廃止される可能性が高くなる。必要性が低い健康診断がなくなるのはいいことだが、他の問題も色々ある。生きづらい時代が到来しそうだ。


【高額キャッシュバック!パケット使い放題!ソフトバンクエアー】


(著作権法に基づき、一切の無断引用・転載を禁止します)

トップページに戻る 栗野的視点INDEXに戻る

オンワード マルシェ

シマンテックストア





リゲッタ公式サイト