ひかりTVショッピング

 


リアリティーを持って蘇るオーウェルの「1984年」


 3日見ぬ間の桜かな、とはよく言ったものだと感心する。4月の始めになってもソメイヨシノの蕾は堅く閉じたままで、見頃どころか花開くのももう少し先と思っていた。それがここ数日の気温で一気に咲き出したものだから、まるで魔法でも見ているような気分になる。
 だが、私にとってはこの気温が曲者。毎年、桜の季節になるとクシャミ、鼻水が止まらず、そこら中にティッシュの山を築くことになる。通常のティッシュを使っていると、たちまち「赤鼻のトナカイさん」になるから保湿成分たっぷりの、価格はちょっぴり高めのティッシュを買って使うことになる。

 とにかく予告なしに鼻水が落ちてくるので外出もままならない。目の周囲もかゆく、身体は熱っぽくなる。とくれば花粉症、と誰しもが言う。だが、私の場合は温度差アレルギー。急に暖かくなったり、その逆に冷え込んだりすると、とたんにクシャミが出る。室内でも室温差がある場所へ移動するだけでもなる。身体が外気温に慣れてくれば症状は止まるが、慣れるまでが大変。

 数日、短い時はその日だけ我慢していればいいのだろうが、頭は痛いし、眠気は襲ってくるしで大変だから、なんとか早く体温を慣らそうと色々格闘する。要は身体を温めればいいわけで、そのためには酒類の摂取が一番とワイン、日本酒、焼酎と飲んでいく。
 ワインや冷や酒は飲んだ直後は身体が冷えるから全く効果がないことが分かった。すると燗酒か焼酎のお湯割りになる。これはいい。ついもう1本となる。ただ、身体が程よく温まってくると眠気が襲ってくる。バタッという音にハッと我に返ると、床に読みかけの本が落ちていた。ジョージ・オーウェルの「1984年」である。

 この本が出版されたのは今から45年前。トランプ政権出現を機に国内外で随分売れているという。そこで、私も書棚から黄色く変色した文庫本を引っ張りだし、読み直していたのだ。
 なぜトランプ政権下で、45年も前に出版されたオーウェルの「1984年」が一躍注目され、読まれるようになったのか。オーウェルはこの本でスターリンのソビエト体制を暗に批判したが、それはなにもスターリンのソビエトだけではなく、レーニンのプロレタリア独裁も毛沢東の労農独裁、ヒトラーのナチス、金王朝の北朝鮮、さらには世界にまだ残っている、あるいはこのところ世界各地で復活しつつある独裁体制についても同じことが言える。
 こうした独裁国家の下では歴史の改竄は日常的に行われ、昨日の同志は今日の敵になり、「不都合な事実」は党の歴史と写真から抹殺されていく。そして黒を白と、白を黒と言われ、党と党の指導者(独裁者)は無謬の存在になり、そのうち国民は何が事実か分からなくなり、党と国家が発表する「事実」を事実と信じるしかなくなっていく。
 そうした状況を「二重思考」「ニュースピーク(新語法)」という言葉で表現したのである。

 そこで思い出されるのがトランプ政権発足直後に使われた「Alternative facts」という言葉。オルタナティブ ファクトとは「代替的事実」「もう一つの事実」と訳されている。
 この言葉自体はコンウェイ大統領顧問が口にしたが、元は大統領就任式に集まった人数をスパイサー報道官が「過去最大」と称賛したところから。何かにつけオバマ氏より優位に立ちたいトランプ陣営が大統領就任式に集まった人数もオバマ氏の時より多く「過去最大」だったと言ったものだから、メディアが上空撮影した写真で見比べ、なぜスパイサー報道官は虚偽の発言をするのかとコンウェイ顧問に質した。するとコンウェイ顧問はスパイサー報道官の発言は「オルタナティブ ファクト」を言っただけだと庇ったのだ。
 するとすかさずこう反論された。
「Alternative facts are not facts(もう1つの事実は事実ではない、虚偽だ)」

 主催者側発表と警察発表で参加者人数が違うのはよくあることだ。主催者側は人数を多めに発表するし、警察は少なめに発表する傾向がある。ただ、大統領就任式に集まった人数を「過去最大」と発表し、上空から撮影した写真で比較提示した客観的事実で誤りを指摘されたにもかかわらず、君らが言うのも「一つの事実」かもしれないが、我々が発表したのも「Alternative facts(もう一つの事実)」だと強弁した政権は民主主義国家には存在しない。

 「存在しない」と言いはしたものの自信はない。たしかにトランプ大統領が出現するまで米国に、はっきりそれと分かる形で「ビッグブラザー」が姿を現したことはない。そのほかの民主主義国家でも同じだ。
 しかし、それと分かる形ではっきりと姿を現していないだけで、羊の皮を被ったオオカミよろしく「ビッグブラザー」はソフトな口振りで人々に語りかけ、国中に「テレスクリーン」を配置し、人々の行動はもとよりネット上の会話まで監視を続け、「ニュースピーク」で話しかけ、人々を「二重思考」に追い込んでいる。
 怖いのはそうした状況を異常と思わず、むしろ必要なことと容認し、「ビッグブラザー」を支持し、時に熱狂的に叫ぶことでフラストレーションを解消しようとすることだ。
 人々は考えることをやめ、「ビッグブラザー」を愛し、彼が言うことこそ真実と思い込んでいく。2+2=4ではなく2+2=5だと言われ、それを信じるようになりつつある。

 オオカミの姿を認めれば人は警戒する。だが羊の姿を見て警戒する人は少ない。ソフトに語りかける口元から牙が覗いていても。
牙を隠すためにオオカミは多弁になる。
多弁な「羊」に注意しよう。


 


(著作権法に基づき、一切の無断引用・転載を禁止します)

トップページに戻る 栗野的視点INDEXに戻る

パスワード・ボス Premium無期限版 3台用