焼酎用の黒麹を使い、日本酒づくりに挑戦
よし、黒麹を使ってみよう--。
輝行はそう決心した。
ただ、それはある種の冒険でもあった。黒麹は日本酒用の麹ではなく、焼酎用の麹だったからだ。その代わりクエン酸を発酵するので酸味はしっかりしていた。というより酸味が強くなりすぎる嫌いがあった。
黒麹の酸味は乳酸系とは異なり、梅干しやレモンの酸味で、温めるよりは冷やした方がおいしく感じるのが特徴。かつては焼酎造りによく使われていたが、胞子が持つ黒色色素が作業場を黒く汚すのが嫌われたのと、温度管理が非常に難しかったので、近年はほとんど使われなくなっていた。
ところが最近、黒麹の持つ独特のコクや甘味が見直され、本格焼酎に「黒ブーム」が来たのはよく知られている通りだ。
この黒麹を焼酎ではなく、日本酒に使ってみようと考えたのだ。
たしかに近年、製造技術の向上で温度管理の問題は昔に比べるとかなり克服できるようになったとはいえ、焼酎と日本酒ではかなり勝手が違う。
難しいのは温度管理だけではなかった。水分の調整その他、とにかく手間暇がかかった。もちろん、いきなり造ったわけではない。最初は少量で実験を行い、そこで各種データを採り、それを元に造るのだが、実験室でうまくいったからといって、その通りのモノができるとは限らない。規模が拡大すれば想定外の要因が増えたり、数値が変わったりするからで、量産化の段階ではそうしたことを現場で細かく調整していく必要がある。
「1回目は想像以上に大変でしたね」
と、輝行は苦笑した。
実は大手メーカーに勤務していた頃、製品開発や品質管理の現場経験があっただけに、実験段階と製品化段階で結果が異なることを身を以て知っていた。それだけに注意深くなりすぎ、後から見れば必要以上に手をかけすぎ、それが大変だったのだ。
「段々省くところも分かってきましたから、最近はそれ程ではありませんよ」
それでも黒麹の場合は倍近く手間暇がかかる。
なにより問題なのは、普通に黒麹で造ると酸味が強くなりすぎて、ちょっと酸っぱくなることだ。それを程よい酸味に留めるのが難しい。どうしても温度管理その他に手間がかかる。
現場の反応は複雑だった。
「それは驚きましたよ。黒麹は焼酎用の麹ですから。それを使って日本酒を造るというわけですから、ビックリしました」
うまくいくのか・・・。最初はそんな気持ちだったに違いない。ただ、輝行が社長就任後行ってきた改革が少しずつ現場に浸透し始めていたのと、「技術が分かるトップ」として、古参社員も若い社長を信頼しつつあったので、現場も全面的に協力し、新しい試みにチャレンジしていった。
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