福岡のベンチャー企業 テクノ・アイはなぜ倒産した
不安を煽るつもりはない! だが、不安が現実のものになりつつあるーー。 筆者は10年近く九州のテクノロジーの現状を取材し、中小企業の技術を折に触れ紹介してきた。平成6年3月には「九州のテクノロジーに未来はあるか」と題した1文を某誌に発表し、「九州の産業基盤はまだまだ脆弱」で、「技術力のアップが急務だ」と警告を発した。そして今再び警告を発しなければならない。平成10年から九州のベンチャー企業倒産の時代が始まる、と。 今は国を挙げてベンチャー育成に力を入れている時代である。なにをばかな、と言われるかもしれない。だが、全国的にはすでにベンチャー倒産の嵐が吹き荒れているのだ(表参照)。そして平成10年にはさらに激しくなると予想される。 一つの数字を示しておこう。ベンチャーキャピタルが投資していることなどを条件としたベンチャー企業の倒産件数は9年1月〜9月に44件(帝国データバンク調べ)も発生している。過去ベンチャー企業の倒産が最も多かったのは昭和61年の53件である。平成9年はこの数字を超えるのではないか、と筆者は密かに危惧している。 そのことを予感させる出来事が九州でも起きている。平成9年11月、ソフトウェア開発のテクノ・アイ(福岡市、谷口亮一社長)が負債総額3億6,500万円を抱え倒産した。同社の設立は平成6年5月。従来マイクロフィルムで保管していた書類をCD-ROMにデジタル化して保存するシステムを開発し、注目を集めた。そして、その技術で平成8年2月に中小企業創造活動促進法(中小創造法)の認定を受けている。同システムは福岡市にも採用され、平成8年9月期には売上高2,823万円を計上するなど業績は好調に推移していたかに見えた。 それなのになぜ? 原因は受注増を見込んだ先行投資である。だが、現実には商談の成約は長期化し資金繰りが悪化、というお決まりのパターンである。会社所在地も福岡市博多区吉塚3丁目から早良区百道浜のソフトリサーチパーク内に移している。果たしてそこまで急ぐ必要があったのか。 同社倒産の原因を(1)市場の読み間違い、(2)ずさんな経営計画、と言ってしまうのは簡単である。だが、その裏にベンチャーブームに躍らされた面がありはしないだろうか。たしかにファイリングシステムは今後確実に需要が伸びると思われる分野である。だが、いますぐ一気に拡大するようなものではないだろう。そのことは谷口氏も分かっていたのではないか。 誤解を恐れずに言えば、同社倒産の一因は中小創造法の認定である。同社は福岡県内で2番目のグループとして同法の認定を受けている。認定を機にマスコミにも注目される。いままで見向きもされなかった金融機関の態度も変わってくる。ベンチャーキャピタル(VC)も接触してくるし、いろんな人物が寄ってくる。商品に対する問い合わせもくるだろう。最初からお世辞を信じる者はいない。だが、2度、3度と重なれば少しずつ気持ちに緩みが出てくる。仮に3人から3度同じことを聞かされれば9回だ。最初は「いや、まだまだ」と言っていたのが、次には「もしかしたら」と思い出す。そして3回目には「そうだ」と思い込んでくる。「売れるかもしれない」が「売れる見込み」に変わり、「売れるに違いない」と自身の中で変わっていく。まるで詐欺に合っているような気持ちかもしれない。 こうした同社の例を他人事と笑える経営者がいるだろうか。ベンチャー企業はどこも似たり寄ったりだろう。同社も平成6年以前には存在さえしてないのだ。それが一夜明ければ時代の寵児である。有頂天になるなという方が無理かもしれない。
第2次ベンチャーブームと 今回はどこが違うのか
思えば10年〜15年前の第2次ベンチャーブームの直後にもベンチャー倒産が相次いだ。果たしてその時の反省は本当になされたのだろうか。 そこで、第2次ベンチャーブームと今回の第3次ベンチャーブームの違いを挙げてみよう。
1.第2次ベンチャーブームが旺盛な起業化意識から自然発生的に生まれたブームだったのに対し、今回は政府によって仕掛けられた官製のブームの感がある。それは構造不況の中で学生の就職難、女性の失業対策として打ち出された側面があることからも窺える.
2.第2次ベンチャーブームの時は支援体制が不十分だったが、今回は平成7年4月に施行された中小創造法により、各都道府県にベンチャー財団が次々に誕生している。中小創造法の認定企業になると、設備投資への特別減税や技術改善のための補助金、ベンチャー財団による金融支援が受けられるなど、金融面の支援は第2次の時とは比較にならないほど向上している。
3.起業家の年齢が第2次ベンチャーに比べ高い。第2次ベンチャーの時は20代〜30代の起業家が中心だったが、今回は40代が中心である。
4.コンピューター、マルチメディア関連の事業が多い。 このように今回のベンチャーは温室の中で育成されようとしている。そのため、過保護すぎてひ弱なベンチャーが育ちはしないかと心配する声が当初からあった。温室育ちは陽光を浴び、適温で適時肥料を与えられているときはよいが、少しでも冷たい外界の風に当たるとたちまち枯れてしまう。かといって肥料を与えすぎても根腐れしてしまう。この辺りが難しい。 かつて菊作りの名人の話を聞いたことがある。ある人が名人に「どうすればあなたのように大輪を咲かせることができるのか」と聞いた。名人は一言、「手をかけないことだ」。素人は大きく立派な花を早く咲かせたいばっかりに朝晩のように水や肥料をやる。こうして育てられた菊は根を張らず、茎も細いから、せっかく花が咲いても花の重みで茎が折れてしまう。一方、菊作りの名人はなにもせずじっと見守っているだけである。すると菊の方は養分を求めて鉢の中にびっしりと根を張り巡らせる。そして欲しくて欲しくてたまらなくなった頃にすかさず養分を与える。すると菊は与えられた養分をすべて吸収して、立派な大輪を咲かせるというわけだ。 なんとも示唆的な話である。重要なのは「見守る」ということで、ほったらかしにして何もしないということではない。じっと見守りながら、ここぞと思う時にすかさず必要な養分を与える。やり過ぎも、ほったらかしも共に花をダメにする。
パソコン不況がベンチャーをつぶす 今後はマルチメディア分野も危ない
では以下、筆者がベンチャー倒産時代が始まるとするいくつかの理由を述べてみよう。 まず、別表に目を転じていただきたい。コンピューター関連企業の倒産が多いのに気付くだろう。しかもグラムス、ドーム、ビックサイエンスは負債額がそれぞれ13億円、22億円、31億円と大きい。なかでもビックサイエンスは一時期年商110億円を売り上げた成長企業である。 これらの企業が倒産に至った背景にはいろいろあるが、共通していえるのは平成9年7月以降のパソコン不況の影響である。パソコン関連商品はここ数年右肩上がりの成長を続けてきた。平成8年度のパソコン国内出荷台数は719万2,000台。対前年比126%と高い伸びを示した。9年度はさらにそれを上回る売れ行きを見せるというのが大方の予想だった。ところが夏以降状況は一転。7〜9月期のパソコンの国内出荷台数は前年同期を下回ったのである。 このパソコン不況の影響をモロに被っているのが経営基盤の弱いベンチャー企業である。ゲームソフトメーカーのグラムスはロールプレインゲーム「クォヴァディス」の大ヒットで一躍有名になったが、セガサターンがソニーのプレイステーションに惨敗したことから「クォヴァディス2」が予想外に売れず、結果、会社整理に至った。ツァイトもドームもビックサイエンスも将来を嘱望されたベンチャーだった。 「今後はインターネットやマルチメディアなど最近生まれた企業に倒産が広がる危険性が高い」 最近、こんな噂が業界内で囁かれている。マルチメディア関係は設備投資に資金を要することが多いからである。
金融機関が方針転換 貸し渋りがベンチャーをつぶす
「ベンチャー支援制度ができたというが、金融機関の窓口担当者の態度は相変わらず以前のままだ。担保は、実績はと言う。担保も実績もないからベンチャーじゃないか」 こう怒りの声をあらわにするのは第1グループで中小創造法の認定を受けたA社の社長。1年前にしてこれだから、最近の状況はもっと悪い。金融機関の方も平成10年春から始まる金融ビッグバンを控えて不良債権の整理に追われている。これ以上リスキーな融資は避けたいところだ。結局、融資の全面的な見直し、いわゆる貸し渋りにベンチャー企業があうことになる。 こうした姿勢はなにも金融機関に限ったことではなく、いまやベンチャーキャピタルにも及んでいる。VCといえば九州でも地銀系のVCが次々に設立され、ベンチャー支援の体制ができあがったかに見えた。実際、事業内容をよく理解もしないまま、支援の申し出をしてくるVCの話を最近まで耳にしていた。当のベンチャー企業の方もいい加減で、「うちの内容を理解するには3日は通ってもらわなければ」とうそぶいたというからどっちもどっちだ。 本来ならベンチャー企業を支援するのが目的のVCまでが門戸を閉じてきた。投資するからまず中小創造法の認定を受けて欲しい、と言っていたのが半年後にはコロリと態度が変わって社債引き受けの条件を厳しくしてきている。哀れなのはVCの話に乗せられて拡大路線を走り出したベンチャー企業である。しかし、元はといえば社会を甘く見ていたベンチャー企業側に責任がある。
花形ベンチャー企業ほど 寄ってたかってつぶされる
その一方で、本当に事業計画もしっかりして、成長性もあるベンチャー企業のもとには10社近くの金融機関・VCが集中してくる。金融機関も貸し渋りばかりではなく、常に優良な融資先を探しているのだ。VCも有望な投資先に投資してキャピタルゲインを得たいと考えている。そのため金融機関もVCも優良ベンチャーに集中するのだ。 その結果どうなるか。肥料のやり過ぎである。本来ならそこまでしなくてもいい設備投資をついついしたり、もう少しゆっくり走ろうと考えていたのに、ついアクセルに力を入れてしまうのだ。 こうした花形ベンチャー企業には通産省をはじめ各団体からセミナーへの出席依頼や講演依頼も舞い込んでくる。最初のうちは「後輩ベンチャーの少しでもお役に立てれば」という気持ちで引き受けていく。やがて大人数の前で話すことが一種の快感になり、どうかすれば月の半分は講演していたりする。いきおい社業がおろそかになる。大企業ならいざしらず中小企業やベンチャー企業は社長で持っているようなものだから、社長が週のうち3分の1も不在などということが続けば社内に緩み、弛みが出てくる。気が付いた時には遅かった、という事態になりかねない。 将来有望であるが故に引き起こされる悲劇である。寄ってたかってつぶしているのだが、周囲も当の本人もよかれと思ってしている善意の行動だけに始末が悪い。九州でも将来有望な花形ベンチャー企業が現在この危機に遭遇している。
株式公開を急ぐのは危険 事業計画の練り直しが必要
平成9年の6月頃、B社から2000年に株式を上場するという話を聞かされた。いよいよ九州のベンチャー企業も株を公開する時期にきたか、とその時は素直に喜んだものだ。その後、何社かで同じような話を耳にした。設立数年、売上高数1000万円の企業でさえ「数年後に株の公開を考えている」と言う。なかには「数年後に売上高を4〜5億円に持っていき、その時点で公開を考えている」という剛の者さえいた。 ベンチャー企業が将来、株式の公開を考えるのはいいことだ。だが、聞こえてくる話の中にはあまりにも安易すぎるものが多い。株式公開までの道筋がきちんと見えてこないのだ。なかには業界自体が不況に入りかけているところもある。株の公開どころか足元を固めるのが先だろう。まず株式の公開ありき、ではダメだ。 「いやー、今はフル回転ですよ」。福岡を代表する有名なベンチャー、A社の社長がこう言った。以前、筆者には株の公開は5年後の予定と言っていた。それがこの1年ぐらいの間に2年も早まっている。もちろんその背景にはコストダウンに成功し海外での販売にメドがついた、汎用化できたためにアプリケーションやソフトを工夫すれば、従来以外の分野への販路拡大が期待できる、新たなシステムの開発が進んでいることなどがある。 だが、いずれもまだ確たるものではなく見込み段階である。それらをもとに事業計画を作るのは無謀ではないかという気がするが、すでに新卒を10数人採用し、首都圏での営業を強化している。 拡大を急ぎすぎるーー筆者にはそう思えてならない。急拡大には必ず落とし穴が待っている。A社にはVCが数社入っており、社債引き受け価格はVC間の競争でどうも釣り上げられたようだ。そのため某大手VCはこの価格では仮に公開にこぎつけてもわずかなキャピタルゲインしか得られないと手を引いている。
拡大路線の見直しが必要 伸びんと欲すればまず縮めよ
本稿を書いている最中に北九州の某ベンチャー企業のC社長から電話がかかってきた。最近の動向を教えてくれ、と言う。筆者は率直に「97年は全国的にベンチャー企業の倒産が増えている。98年は九州でもベンチャー倒産が増える。この時期、過大な設備投資は絶対しないように」と述べた。するとC社長も「当社も思い切って経営のスリム化を図った」と言う。北九州で花形ベンチャーと最近もてはやされているD社も思い切って陣容を縮小したそうだ。いずれも自らの経営基盤が弱いと知っているからである。「伸びんと欲すればまず縮めよ」である。見栄や格好は必要ない。 第2次ベンチャーブームの直後に訪れた相次ぐ倒産も、原因は過大な設備投資と経営の甘さだった。今回倒産したベンチャー企業の社長も「拡大を急ぐ余り、財務面の基盤ができていなかった」と反省している。某大手VCの支店長は「事業計画書をしっかり作ることが大事だ」と忠告する。マーケットの把握、製造方法、販売方法をどうするのか、それに従った人の配置、これらをしっかり作ることが必要だ、と。第2次と今回ではベンチャーの支援制度は比べものにならないほど整備されている。それらを上手に利用すれば危機は十分乗り切れる。
|