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曖昧になっていく内界と外界、境界の関係について(2)
〜内界の移動が摩擦を生む


二重化する内界と境界

 次に自然界から人間界に目を移してみよう。近年、この国では何が起きているのか。
 結論から先に言えば、境界の厳密化と内界の拡大である。当初、内界は外への拡大ではなく、内への縮小、内界の中に内界を作るという現象になって表れた。別の言葉で表現すれば家(家族)の中に個の空間を作りだしたのだ。
 家は内界(家族)を外界から守る小さな砦、境界だった。これは洋の東西を問わず同じである。ところが、その砦(境界)を二重にしなければ安心できなくなったのだ。家族の崩壊である。
 これは小さな外界の浸食と言っていい。「小さな」と言ったのは社会というほど外の世界ではないが、家族を構成する個々人の中での小さな「他人(自分以外の人という意味での他の人)」をも外界と捕らえ出すほど安心・安全が脅かされる社会になってきた。あるいは「他者」とのコミュニケーションを取る手段が分からなくなった世代が出現してきたということである。

 暴力(力の行使)は身近な相手に対してまず示される。最初は自室に鍵をかけ内界の中に内界を作るという行為が、やがて自室へ閉じ籠もり外界との接触を遮断しだす。そこでは内界がすべてになり、外界の存在は消える(見えなくなる)。
 外界がなくなれば当然、内界と外界を分けていた境界もなくなる(見えなくなる)。外界が存在しなくなれば内界は自分の思い通りになる心地いい世界になるから、そこから出たくなくなる。そしてますます内界に留まり、危険な外界との接触を避けるようになる。

内界の移動が摩擦を生む

 こうした動きがある一方で、内界を少し外へ広げようという動きが出てくる。厳密に言えば内界の拡大ではなく内界の移動である。内界は拡大するのでも縮小するのでもなく、内界の広さをそのまま持ち出すのだ。自分が移動する周囲を常に内界と捕らえ、内界とともに行動している。
 外界に居ながら自分は内界に居ると考えているし、内界に居るつもりで振る舞っているから、他者から見ればおかしな行動、マナーがなってないように見える。ただ本人は内界に居るつもりだから、外界との間に境界はあるが、その境界は他者からは存在しているように見えないから摩擦を生む。

 卑近な例で言えば乗り物の中での化粧である。自家用車の中で化粧するのは、それが移動中であっても一応、車の中という物理的な境界が存在するから他者から境界が認識され、それがスケルトンであっても一応許容される。
 それが公共交通の乗り物の中などで化粧し始めると、他者から境界が見えないだけに眉をひそめられたり行為をなじられる。だが、当の本人達は自分が居る所を内界と考えているから動じることはない。何が問題なのだ、という態度になる。
 問題なのは外界との境界が他者に見えなくなってきたことだ。これを別の言葉で表現したのが「ジコチュウ(自己中)」である。

                                             (3)に続く


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