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日本の製造業はなぜ衰退したのか(10)
〜モノではなく文化を作る発想がない


新カテゴリーの創造に3社の協力

 ミラーレスという新しいカテゴリーを創造できた背景にはパナソニック、オリンパス、ソニーがそれぞれ果たした役割が見える。パナソニックがミラーレスカメラを開発した当初はコンデジの上位機種程度の認識しか消費者の方になかったと思われる。新カテゴリーのカメラという受け取り方はなく、どっちつかずの中途半端なカメラという受け止め方だったのではないだろうか。カメラの形も一眼レフをイメージしたもので、それを小型化、カラー化しはしたが、メーカー側の想定ターゲットの女性が「かわいい」と飛び付くものではなかった。「一眼遊ばせ」というCMも中途半端な感じが拭えなかった。

 女性ユーザーを取り込んだのはオリンパスだろう。若い女性タレントを使い、楽しさ、ファッション性を打ち出したのも功を奏し、それまでコンデジを使っていた女性層が一気にオリンパスのミラーレス「オリンパス ペン」に流れた。
 ソニーは一転、若い男性ユーザーをターゲットにした戦略で、機能面をしっかり打ち出しながら、カメラの新しい使い方を提案。デザインも非常に斬新で、ソニーらしさを打ち出していた。
 3社がそれぞれ役割分担を話し合ったわけではないだろうが、結果的にそれぞれが協力し合う形になり、新たなカテゴリーを作っていったといえる。
 しかも3社がそれぞれ特徴を持った機種を開発し続けているので、市場で競合するというよりは、協力し合って市場を拡大している。既存カテゴリーを守りながら、その中でシェアの食い合いを続けてる一眼レフ市場と大きく異なる点だろう。

モノではなく文化を作る発想がない

 さて、そろそろ締め括ろう。本稿を通し繰り返し言及してきたが、日本の製造業が衰退してきたのは日本企業自身が招いた種である。
 日本企業は画一化・規格化された製品を大量に生産することでコストダウンを図る物量作戦を得意とした。これはデジタル部品のアセンブリとよく似ている。デジタル部品の代わりに工場のラインの前で人が、流れてくる製品に他の部品を組み立てていただけだ。人の作業が、パッケージ化されたデジタル部品に替わっただけであり、言ってしまえば、自ら得意とした方法でいま自らが苦しめられていると言える。

 では、解決策はあるのか、それともないのか。
そこでちょっと目をスイスに向けてみよう。スイスといえばすぐ思い付くのが時計産業だが、スイスの時計産業を追い詰めたのは日本の時計メーカーである。セイコーがクォーツ時計の小型化に成功し、特許を公開したことで各メーカーが一気に参入。その結果、高精度なクォーツ腕時計の低価格化が進み、機械式時計を製造していたスイスの時計産業は大打撃を受けた。
 だが、追い詰められたはずのスイス時計はいま息を吹き返し、逆にクォーツ腕時計を開発したセイコーの方が苦しんでいるのはなぜか。

 1つには機械式時計を作り続けたスイスと、クォーツ一辺倒で時計職人の技術継承が途絶えた日本の違い。
 2つ目はクォーツの低価格腕時計をブランド化したスウォッチの戦略と、低価格な腕時計を量産するだけでブランド化を考えなかった日本企業の無戦略性。
 3つ目は時刻を知らせる「機械を」作っている企業と、「時刻も」知らせる高級アクセサリーを作っている企業の違い。
 ひと言で言ってしまえば戦略性があるかないかで、日本の製造業はモノは作るが、価値、文化を作ってない。日本メーカーのケータイがiphoneに負けたのも同じ構図だろう。

 日本の時計メーカーが低価格なクォーツ腕時計(モノ)を作り続けたのに対抗してスウォッチは低価格でありながらもデザイン性がある腕時計を作り、「スウォッチ時計」のブランド化に成功した。
 ここにはモノづくりに対する考え方の根本的な違いがある。日本メーカーは物量作戦で人々の暮らしを豊かにすることを考えたのに対し、スウォッチはモノとしての腕時計ではなく、腕時計を着けるファッション、ライフスタイルの提案を行ったのである。
 前者では時計はケースの中に収められた機械の部分であり、ベルトは付属品という考え方である。一方、後者はベルトを含めたすべてを時計と捉えている。ベルトは付属品ではなく、むしろ全体の価値を上げる重要な構成部分ということになる。

 日本メーカーが漠然と(無戦略的に)クォーツ腕時計を作り、価格を下げていたのに対し、スウォッチは当初から「廉価でデザイン性がある腕時計」を市場に投入するという戦略を立てていた。
 発表は春夏コレクションと秋冬コレクションの年2回。それも1モデル1シーズンの限定販売。そう、洋服などのファッションと同じ手法を腕時計に取り入れたのだ。そしてデザイン重視。おまけに廉価とくれば売れないはずがない。デザイン的に人気があったモデルはプレミアムが付いたほどだ。

 重要なのはファッション性と低価格を両立したことだ。日本企業ならファッション性が高く、シーズン限定販売だから、価格は高めに設定するだろう。これなら当たり前、常識の範囲である。スウォッチ腕時計はそれを打破したから爆発的に売れた。私自身もいくつかのスウォッチ腕時計を買い、いまも持っている。クォーツのお陰で時計の精度は上がったから、価格に関係なく時刻は正確。要するに機能は同じだから、そこで差別化はできない。ではどこで? となった時、価格以外の差別化をいかに考えていくかが勝負の分かれ道になる。
 スウォッチは低価格な腕時計を作ったのではなく、デザイン性が高い、ファッショナブルな腕時計を作り、人々に時計を着替える楽しさという「文化」を提供した。だからこそ、廉価な香港製クォーツ腕時計が出回ってもスウォッチは駆逐されなかったのだ、日本製とは違って。
 ついでに言及しておくと、スウォッチグループはスウォッチブランドだけでなく、世界5大ブランドの一つのブレゲやブランパン、オメガ、ロンジン、ラドーという高級ブランドや、ティソ、ハミルトンなどのミドルブランドまであり、それぞれに特徴を持った時計作りをしている。
 こうしたブランドの価値づくりという点なども日本企業は大いに見習うべきだろう。

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