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目下の営業戦略は水産庁の許可を取ることです。
許可が取れれば一気に広がります。


有限会社生月鉄工所 代表取締役 伊福 規 氏
長崎県北松浦郡生月町壱部浦68-2 電話:0950-53-0525

 エコ・タイヤリーフは鉄製のフレームに廃タイヤを四角錐台の壁面に多数取り付けた構造。タイヤとフレームを固定させることで複雑な形状が簡単に製作でき、各設置ポイントに適した構造が実現できる。現在までに一〇基が設置されている。

漁礁地域ごとの漁業形態に
応じて、最も適した
漁礁の開発ができる。

 --どういうきっかけでエコ・タイヤリーフを開発されたのですか。
 伊福 県外のある企業が材料を生月町に持ち込み、鉄製の魚礁を組み立てていたんです。ぼくらの目には非常に単純な構造だったんで、「こんなんで魚が集まるかな」とか言いながら、ぼくらも作ってみたんです。最初は古タイヤを利用したピラミッド型のものを作ったんです。

 --なぜ、古タイヤなんですか。
 伊福 一つにはコストが安いということです。それからタイヤには海草なんかがよく付くというのを知っていたし、海に落ちたタイヤを引き上げたら、中にタコとか魚が棲んでいたという話をよく漁師から聞いていたんです。
 もう一つは、当時大分県で野積みした廃タイヤが何カ月間も燃え続けたことがあり、それで廃タイヤの有効利用をしたいという思いもあったんです。ぼく自身、音楽やってた二〇歳前後くらいからずっと環境問題をテーマにやってたんですよ。いまもこの地域で「生月自然の会」を組織して、環境ボランティアとして活動を続けてるんですけどね。だから環境問題解決の一助にでもなればというような思いもあってスタートしたんです。
 ですから、選んだタイヤは当時最も処理が困難だった大型トラックやバスに使っていたやつなんですよ。一本の重さが六〇`cくらいあり、ワイヤがたくさん入ったやつ。裁断処理も大変だし、燃やすと中の鉄イオンが高熱を発して炉をいためるし。ただタイヤの比重が非常に重いのがメリットで、長い目で見ればフレーム材の鉄はいずれ朽ち果てていきますが、タイヤは残ります。軽ければ流出する恐れがありますが、重いからそこに残って、一応漁礁としても生きるし、他の網を傷めたりする二次災害を起こすこともないだろうということで選んだんです。

 --ピラミッド型にしたのはなにか意味がありますか。
伊福氏  伊福 安定感があるということです。その後、いくつかのタイプを作ってみたんですが、大きな開口部を持っていて、容量の大きい方がいいということが段々分かってきたんです。最初から売ることよりも調査を重視し、真剣にやってきたんですが、その中で新しい発見もあったんですよ。一般的には、漁礁というのは複雑な構造にして隠れ家を作るというイメージが強かったわけですね。それと、海底の壁に潮流がぶつかると湧昇流が起きるんですが、その湧昇流を作り出すのが重要だとはよく言われていたんです。
 ところがエコ・タイヤリーフを作って分かったのは、タイヤとタイヤを組み合わせたときに小さな隙間ができるんですが、この小さな隙間にサラサエビがわくんです。非常に鯛類がよく集まるので、プロのダイバーに頼んで小さな隙間をマクロ撮影してもらったらエビがたくさんいたんです。これで小さな隙間も重要だということが分かったんです。そのほかにも、表面積が大きい方が付着物がたくさん付くとか、おこぜなどは棚を多く作った構造の方がいいとか、色も暗い方がいいとかですね。いまでは漁法とか魚種によってどういう漁礁を作ればいいかというのが大体分かってきました。

データを見ていた
水産庁部長の目の色が
途中から変わってきた。

 --エコ・タイヤリーフは事業としてはどうなんですか。採算性の問題とか将来性という点では。
 伊福 現状は年間に一基、二基という感じです。なぜかというと、まだ補助事業にならないんです。水産庁の沿岸整備事業の認定製品であれば補助金がつき、地元負担が二割程度で済むんですが、うちのは認定されてないから全額地元負担になるわけです。そうするとなかなか地元は取り組めない。なぜ認定されないかというと、漁礁は新材を用いることという水産庁の内部規定があるからです。唯一の例外は廃船で、新品タイヤはOKだが、廃タイヤはNOなんです。
 昨年、霞ヶ関の水産庁に直接行き、開発部長に面会を申し込んで、社会的意義などを話しながらいろんなデータを示していたら、途中から部長の目の色が変わってきて、課長や課長補佐を呼んで一緒にデータを見ながら「これは面白い」と。それで、県の単独事業として上げてくれれば消極的支援をする、どうぞおやりくださいという形で認めるから、という返事が得られたんです。
 ちょうどその年の夏、長崎県・普賢岳の噴火による土石流で海が荒れ、魚が減ってしまったので、漁礁を作り魚を呼び戻そうということになり、パイロット事業で八種類の漁礁が採用されました。それから約二年間調査が続いていますが、調査機関に聞くとぼくらが入れたエコ・タイヤリーフが最もいい成績で、ほかのところは問題にならないと言っていました。いま山口県上関町に採用してもらっていますが、同町は過去いろんな漁礁を試したが、いずれもいま一だったらしいんです。それがエコ・タイヤリーフのことを聞いて、四〇人くらいの方が生月まで研修に来られ、パイロット事業として採用してみたいと言われ、現在まで続いています。

 --事業としての採算ベースという意味ではまだ……。
 伊福 もっと売るように頑張れといろんなところから言われるんですが、最大の営業戦略は水産庁の許可を取ることだととらえています。許可が取れれば一気に広がると思いますね。引き合いは北海道から鹿児島まで結構多いんですよ。
 次のステップとして開発に取り組んでいるのが鉄の代わりに再生プラスチックを利用した漁礁です。腐らないし、廃プラのリサイクルにもなりますから。現在、再生利用されているのは一一%で、通産省は二一世紀初頭には再生利用を現在の倍にまで高めたいとしていますが、プラスチックメーカーなどいろんなところを調べた結果、問題は生産技術はあるけど利用用途がない、使ってくれるところがないということです。ところが漁礁なら色も黒っぽくていいわけです。日本の近海を廃タイヤと再生プラスチック漁礁で埋めれば、将来に備えて原油の備蓄をしているのと同じことですから。

エコ・タイヤリーフは
将来的には異業種と手を組み
ベンチャー企業を起こす。

 --収益を上げているのはどの部分ですか。
 伊福 エンジニアリング事業部で、従来からやっているエンジンとか油圧のメンテナンスや販売です。だから本業にあまり迷惑をかけない範囲で研究・調査を続けていくつもりです。
 結局、漁礁の場合、ほかに競合品が出てきたとしても一〇年間の調査データがありますから。生月に居ることのメリットは何かと考えると、海が近くにある、いつでも見られることなんですね。メーカーがヒト、モノ、カネを投入して作っても自然相手だから結果が出るには時間がかかるんです。そうするとやはりちゃんと調査をやってた方がどこまでいっても先行する。ビジネスになるとすれば一番説得力のあるのは本物のデータだから、それを真剣にやってきたんです。

 --エンジニアリング事業部の見通しはどうですか。
 伊福 一一、二年前から脱生月町路線に転換を図り始め、大型船の定期検査工事やプレジャーボートなど特殊な船の据え付け仕事を受注するなど少しずつ生月町以外の仕事にシフトしてきました。
 北松浦郡小佐々町に工場を出していますが、ここは後継者が育っている全国でも希な地域なんです。地域がカトリックということもあり子供が多く、しかも子供が親の仕事を継いでいる。だから乗組員が若くて、四〇代になると陸に上がって加工の仕事をするんです。巻き網漁業に養殖、それにイリコの加工は日本一なんです。一九d巻き網という小型だから港にもしょっちゅう帰ってくる。その方が我々にとってもいいし、うちの技術が非常に評価されているので、エンジニアリング事業部の方は堅実にいけると考えています。

 --ということはエコ・タイヤリーフが認可を受けると……。
 伊福 そうなると別会社を作ります。当然、日本全国が相手になるからですね。異業種の何社かと組んでベンチャー企業を起こすという形になると思います。

<プロフィール>
昭和26年長崎県生月町に生まれる。佐世保北高校から関西学院大学商学部に進学。学生時代にロックグループ「TOO MUCH」のギタリストとしてプロ活動開始。NHKで「TOO MUCH ショー」という1時間番組を持つほど当時は有名なバンドだった。28歳で帰郷し、家業の生月鉄工所を継ぐ。生月大橋が開通した翌平成4年、生月の観光振興の一助になればとあご(飛び魚)だしラーメン店「大気圏」を開店。vv



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